イギリスの歴史年表【19世紀】

1851年のロンドン万国博覧会 by Wikipedia

19世紀

1807 ウィリアム・ウィルバーフォースが奴隷貿易の廃止に成功

奴隷貿易に反対する議会の運動のリーダーを務めたウィリアム・ウィルバーフォースが、学生時代からの友人で政治家であるピットに働きかけ、奴隷貿易禁止法のを実現させた。

1814 ロシア征服に失敗したナポレオンがエルバ島に送られる

1812年、ナポレオン軍はロシア侵攻を試みる。ロシア軍は、焦土戦術で敵兵を減らし、モスクワ(ナポレオンが入城を果たした)に放火して焼け野原にするなどして、ナポレオン軍に撤退を決意させた。撤退の道中、冬将軍の到来に加えて発疹チフスの流行があり、ロシア国境まで生還したフランス兵はわずかであった。この大敗を受けてヨーロッパ諸国が活気づく。第六次対仏大同盟によって、1814年にパリが陥落し、ナポレオンはエルバ島へ流された。

1815 ウォータールー(ワーテルロー)の戦いでウェリントン公がナポレオンを討つ

エルバ島を脱したナポレオンが復位し、連合国に講和を提案するが否定され、戦争へ。イギリス・プロイセンの連合軍にワーテルローの戦いで完敗し、再び退位させられ、セントヘレナ島に幽閉される。

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1819 ピータールーの虐殺

マンチェスターのピータズフィールドで、選挙法改正を求めて集会を開いていた群衆に、鎮圧のため騎兵隊が突入し、多数の死傷者が出る惨事となった。

1825 ストックトン・アンド・ダーリントン鉄道が開通

イングランドの土木技術者、機械技術者のジョージ・スチーブンソンが、世界で初めて公共鉄道の実用化に成功。「鉄道の父」と呼ばれる。

1829 ローマカトリック教徒救済法を可決

カトリック教徒解放運動は長年におよぶものだが、その中で最も重要な施策が同年のカトリック教徒救済法であり、アイルランドの政治家ダニエル・オコンネルらによる運動の結果、残存していた多くの制約を取り除くものとなった。

1832 第1回選挙法改正

ホイッグ党のグレイ内閣によって、都市の中産階級に選挙権が拡大された。

1834 ”トルパドル殉教者(Tolpuddle Martyrs)”が流刑でオーストラリアへ

密かに農作業員の組合へ誓いを立てたグループが有罪判決を受けて流刑となる。

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1837 ビクトリアが女王になる

ビクトリアは、ジョージ3世の第4王子であるケント公エドワードの一人娘で、3人の伯父たちが嫡出子を残さなかったため18歳でハノーヴァー朝第6代女王に即位する。世界各地に植民地をもつ大英帝国時代を象徴する女王として知られ、その治世は「ヴィクトリア朝」とも呼ばれる。

1845-1850 アイルランドのジャガイモ大飢饉

ジャガイモの疫病死による不作はヨーロッパ全土で起こったが、アイルランドについては、その後の政策が悪く大飢饉が引き起こされた。アイルランドの領主のほとんどがブリテン島在住のイングランド人・スコットランド人だったため、領民の救済よりも地代収入を優先し、ジャガイモの輸出を制限しなかった。このためアイルランド内で餓死者が続出、飢饉を逃れるため多くがアメリカ等へ移住した。

1846 穀物法廃止され自由貿易体制が確立

穀物法は、地主貴族層が利益を守るために、外国産小麦の輸入を禁止して穀物価格を高値で維持していたものだが、産業資本家にとっては穀物が安価であるほうが労働者賃金を引き下げやすいため、反対運動を起こした。

1848 ドイツのカール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスが書籍『共産党宣言』を発行する。
1851 ロンドン万国博覧会

ロンドンのハイドパークで世界で最初の国際博覧会が開催される

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1853-1856 クリミア戦争

オスマン帝国の弱体化に乗じてロシアが南下してきたたため、警戒を強めたイギリスとフランスが、オスマン帝国と同盟を結んで戦争に至る。看護師ナイチンゲールが戦地へ赴き負傷兵たちへ献身した。

1854 ジョン・スノー医師がコレラの感染源が汚染された飲み水であることを発見

排泄物は下水道を通って、飲料水ともなるテムズ川へ流れ込んでおり、テムズ川は当時ひどい悪臭を放っていた。

1857-1858 インド大反乱(セポイの反乱)

インドが、イギリスの植民地支配に対する民族的抵抗運動を起こす。インドでは「第一次インド独立戦争」と呼ばれる。

1867 第二次選挙法改正法案が可決される

この選挙法改正によって有権者数は100万人から200万人に増えた。

1870 教育基本法が成立

無料の学校が導入され、10年後には10歳までの義務教育が敷かれる。

1879 ズールー戦争

1882 フェニックスパークの暗殺事件

首相によりアイルランド担当大臣に任ぜらたフレデリック・キャヴェンディッシュと次官が、赴任先のアイルランドで人民族主義者(Irish National Invincibles)により暗殺された。

1884 第三次選挙法改正法案が可決される

農業労働者・鉱山労働者が選挙権を得る

1889-1896 セシル・ローズが南アフリカの一部(現ジンバブエ)を掌握

ローデシアと命名した

1893 イギリス初の労働党議会議員

ジェームズ・ケア・ハーディ(James Keir Hardie)が労働党を創設しイギリス初の労働党議会議員となる。

1897 National Union of Women’s Suffrage Societies (NUWSS)
女性参政権協会全国連合の結成

なごやん

なごやん

歴史と旅行と猫が好き。

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