イギリスの歴史年表【16世紀】

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%B6%E3%83%99%E3%82%B91%E4%B8%96#/media/File:Bishops_Bible_Elizabeth_I_1569.jpg
1596年版主教聖書 (Bishops' Bible) の表紙に描かれたエリザベス1世  wikipedia

イングランドでは、15世紀後半にヨーク家VSランカスター家による王位継承戦争(通称:薔薇戦争)がおこりました。最終的に王位を勝ち取ったのはランカスター傍系の血を引くヘンリー・テューダー(ヘンリー7世)でした。彼の王位継承権は主に母方の系統に由来するものですが、父方の家名をとってテューダー朝と呼ばれます。

https://en.wikipedia.org/wiki/Henry_VIII_of_England#/media/File:Workshop_of_Hans_Holbein_the_Younger_-_Portrait_of_Henry_VIII_-_Google_Art_Project.jpg
ヘンリー8世(1537)

ヘンリー7世の王位継承権は弱かったのですが、一連の争いで上位の継承権者が戦死・殺害・刑死のためすでに世を去っていました。また、彼はヨーク家のエリザベスと結婚し両家の争いを終結させました。

二人の間には男児アーサーとヘンリー、女児マーガレットが生まれました。しかし長男のアーサーは病気のため15歳で世を去り、弟が即位してヘンリー8世となります。彼はローマ・カトリック教会から分離してイングランド教会を独立させ、その生涯で6度の結婚をしたことで有名です。始まって間もないテューダー朝を盤石にするため男子の跡継ぎを強く欲したためだと云われています。

マーガレットはスコットランド王ジェームズ4世と結婚しました。これは両国の平和を意味するとともに、二人の子孫にイングランド王位継承の権利を与えることにもなりました。

16世紀(テューダー朝)

  • テューダー家の紋章
    ランカスター家の赤薔薇とヨーク家の白薔薇を合わせている
  • 1503 スコットランド王ジェームズ4世がイングランド王ヘンリー7世の娘マーガレットと結婚する

  • 1509 ヘンリー7世が崩御し、次男のヘンリーが即位して(ヘンリー8世)兄アーサーの未亡人キャサリンと結婚する

  • 1513 スコットランド王ジェームズ4世がフロドゥンの戦いでイングランドに大敗し戦死する

  • ヘンリー8世がフランス(当時の王はルイ12世)へ侵攻したため、スコットランド王ジェームズ4世は「イングランドとの平和条約」と「フランスとの古い同盟」の板挟みになった末にイングランドに宣戦布告していた

  • 1515 トマス・ウルジーが大法官になる

  • 1517 ドイツのマルティン・ルターが『95ヶ条の論題』をヴィッテンベルクの教会に掲出

  • 1527 ヘンリ-8世がローマ教皇にキャサリンとの結婚の無効を訴える(男の世継ぎを欲していたが、キャサリンが男児を産めなかったため)

  • 1533 カンタベリー大司教にキャサリンとの結婚の無効を宣言させ、アン・ブーリンと結婚する

  • 1533 アン・ブーリンが女児を出産(エリザベス)

  • 1534 ヘンリー8世が、英国国教会(ローマ教皇庁から離れ独立した教会)の長になる

  • 1536 イングランドとウェールズの関係を正式化する目的でイングランドの法制度をウェールズに導入 英語(English)が公用語になる

  • 1536 アン・ブーリンが処刑される

  • 政治に介入し続けるアンおよびブーリン家は多くの敵を作っており、アンの叔父のノーフォーク公までもアンの態度を快く思わず、王の寵臣トマス・クロムウェルの影響の下でアンの政敵は力を増した。メアリー王女(※旧王妃キャサリンの娘)は成長して支持者たちは増え、かつての王妃キャサリンの支持者たちもそこに加わった。2度目の離婚はいまや現実の可能性となった。アンが再び流産した直後にその没落は始まった。アンの実兄ジョージ・ブーリンを含む5人の男が王妃との姦通罪で逮捕され、アンもまた姦通罪、近親相姦罪、魔術を用いた罪で逮捕され、処刑された。その裁判の正当性は当時でも疑問とされ、冤罪であると信じられている。 by Wikipedia
  • ヘンリー8世がジェーン・シーモアと再婚し、男児(後のエドワード6世)が誕生するが、ジェーン・シーモアは産褥死する

  • 1541 ジョン・ノックスがスコットランドで宗教改革を始める

  • 1542 スコットランド王ジェームズ5世が死去し、生まれたばかりの娘メアリーに王位を継承する

  • 1547 ヘンリー8世が死去し、息子のエドワードが9歳で王位を継承し(エドワード6世)、宗教改革を進める

  • 1553 エドワード6世が15歳で死亡し、ヘンリー8世が制定した継承順位に反してエドワードの従妹ジェーン・グレイが戴冠する しかし数日後にエドワード5世の姉メアリーが正統な女王として即位して、ジェーン・グレイはのちに反逆罪で斬首刑となる

  • 1554 メアリー女王がスペインのフィリップとの婚姻を成立させる

  • イングランド女王メアリー1世がカンタベリー大司教のトマス・クランマーを処刑する(ヘンリー8世とキャサリン王妃の結婚の無効を承認したため)

  • メアリー1世は敬虔なカトリック信者だったため、プロテスタントを迫害し女性や子供を含む約300人を処刑した。

  • イングランドがフランスに所有していた最後の領土カレーを失う

  • 1558 メアリー女王は子がないまま死去し、異母妹のエリザベスが王位を継承する

  • https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%B6%E3%83%99%E3%82%B91%E4%B8%96#/media/File:Elizabeth_I_in_coronation_robes.jpg
    エリザベス1世
  • https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%B6%E3%83%99%E3%82%B91%E4%B8%96#/media/File:Mary_I_of_England.jpg
    メアリー1世
  • 1577 サー・フランシス・ドレーク(Sir Francis Drake)が世界一周航海に旅立ち1580年にイングランド南西部の港市プリマスに帰還する(イングランド人として初めて世界一周を達成)

  • https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%AF#/media/File:DRAKE_1577-1580.png
    フランシス・ドレイクの航路
  • 1587 スコットランド女王のメアリー・ステュアート(ヘンリー7世の曾孫にあたる)が、エリザベス1世の殺害を企てたとして処刑される

  • 1588 アルマダ海戦でイングランドがスペインの無敵艦隊を討つ

  • 1591 劇作家シェイクスピアの脚本が初めて上演された年

テューダー朝の関係者の系図
by Wikipedia

なごやん

なごやん

歴史と旅行と猫が好き。

シェアする

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。