エゼルレッド(Æthelred the Unready)
エゼルレッドは先々王エドガーの息子で、暗殺された先王エドワードの異母弟です。即位したのは10歳のときでした。 エゼルレッドは北欧人の来襲に対し、筋の通った抵抗を示しませんでした。これがエゼルレッドのニックネーム「unready(準備不足)」の由来である、とよく言われます。じつは古英語でのスペルは少し異なり、意味もかなり違うのですが、残念ながら「unready(準備不足)」がしっくりくる治世となってしまいました。
エゼルレッドは先々王エドガーの息子で、暗殺された先王エドワードの異母弟です。即位したのは10歳のときでした。 エゼルレッドは北欧人の来襲に対し、筋の通った抵抗を示しませんでした。これがエゼルレッドのニックネーム「unready(準備不足)」の由来である、とよく言われます。じつは古英語でのスペルは少し異なり、意味もかなり違うのですが、残念ながら「unready(準備不足)」がしっくりくる治世となってしまいました。
エドレッドは、エドワード長兄王と三番目の妃の息子です。実兄エドマンド1世をついで王位に就きました。 「北欧人(バイキング)の打倒」は、もはやイングランド王家の宿命ともなっていました。エドレッドは、954年、ノーザンブリアを支配していた北欧系の王エリック(Eric Bloodaxe)の追放に成功しました。エドレッドは胃腸に深刻な病気を抱えており、これが重症化して命を落とします。30代前半であったと考えられ、結婚はしておらず、子供もありませんでした。
クヌートはスヴェンの息子で、デンマークの王子でした。父スヴェンはイングランドの征服に成功して、イングランド国王の地位についた人物です。ただし即位後まもなく亡くなり、王位はふたたび旧来のウェセックス家へと戻っていました。 クヌートはイングランドを征服してイングランド王位に就き、デンマーク王位を継承し、スコットランド王をしのぎ、ノルウェーを征服してノルウェー王にもなりました。その支配域は「クヌートの北海帝国」として知られています。
ウェールズを征服したイングランド国王エドワード1世は、その過程でウェールズに城を建てました。ビューマリス城(Beaumaris Castle)、ハーレック城(Harlech Castle)、コンウィ城(Conwy Castle)、そしてカーナーヴォン城(Caernarfon Castle)などは、エドワード1世によって建てられた城です。 それぞれ一般公開されているので入城できます!このページでは、 […]
ヘンリー6世はヘンリー5世の息子です。トロワ条約※を結んだ父王エドワードと母方の祖父シャルル6世が相次いで急逝したため、生後9ヶ月未満で、イングランド国王およびフランス国王として即位することになりました。 ※トロワ条約…1420年にイングランドとフランス間で結ばれた和平条約。 ヘンリー5世にフランス王位の継承権を認める内容で、その一環としてヘンリー5世とシャルル6世の娘カトリーヌ(キャサリン / […]
ウィリアム征服王 VS マルカム3世 反乱勢を支援してウィリアム征服王に挑んだマルカム3世、ウィリアムを大君主として認める結果に マルカム3世時代(Malcolm III of Scotland / r. 1058–1093)のスコットランドは、現在のスコットランドよりも狭い領域でした。北部と西部は北欧人(Scandinavian)の支配下にありました。 さてイングランド王国は1066年にノルマン […]
父であるエドワード黒太子が祖父王エドワード3世より先に亡くなっていたため、リチャード2世は10歳で即位することになりました。治世の前半は、摂政に代えて設置された評議会が補佐を務めました。 外交においては対仏戦(百年戦争)、内政においては農民一揆や、議会との確執に翻弄される治世でした。親政を開始してからは、平和と秩序を取り戻すべく尽力し一定の効果をあげます。 しかしある時を境に一変し「専制政治」を始 […]
イギリスが舞台であったり、イギリスに関連すると思われる映画・ドラマを紹介しています。このページは「中世(中期/後期)編」です。ノルマン王朝時代、プランタジネット朝時代が舞台の作品を紹介しています。 モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル Monty Python and the Holy Grail (1974) アーサー王は5世紀頃の伝説上の人物ですが、「アーサー王物語」は9世紀~12世 […]
ハロルドは、クヌート大王と前妻の息子です。クヌートと前妻の結婚はキリスト教に則ったものではなかったので、イングランドにおいてハロルドは婚外子(私生児)という扱いになります。クヌート大王が亡くなったとき、ハロルドはいちはやく自身の王位継承を主張しました。このころ正妻エマの息子であるハーデクヌーズは、デンマークの攻防戦で忙しくしていました。この隙にハロルドは正式にイングランド王位に就くことに成功しました。
アングロ-サクソン人は、現在のデンマークや北ドイツやオランダに相当する地域から、北海を南へ渡ってきた人々でした。航海術に長け、過去何年ものあいだに沿岸地域を襲っては、彼らが住まうための土地を要求したり、ときには地元の人々を追い払うこともありました。 サクソン人はさらなる土地を求めて内陸に目を向けます。ブリトン人との抗争は避けられないものになりました。