アーサー・エイキン

アーサー・エイキン

Arthur Aikin
アーサー・エイキン

Arthur Aikin (1773–1854)
生誕1773年5月19日 Warrington, Lancashire
死没1854年4月15日 Hoxton in London
 Dr John Aikin :医師、歴史家、著述家
職業/奉仕化学者、鉱物学者
支持/所属
名声/功績Geological Society of London の創設メンバ
Chemical Society (現 Royal Society of Chemistry)の創設メンバ
著述家・翻訳家として外国の科学ニュースを英国に広く伝達

科学/化学を通じてイギリス社会に貢献

父は医師、叔母は作家

アーサー・エイキンはユニテリアン主義の家系に生まれます。生誕地はイングランドのランカシャーにあるウォリントン(Warrington)です。一族には著名な文筆家や学者が多くいました。

父は、医師、歴史家、著述家です。祖父はユニテリアン学者で神学を教えており、Warrington Academy とも関係がありました。

父方の叔母 Anna Letitia Barbauld は、ポエムやエッセイ、子供向け文学書を執筆し、また学校(dissenting academy)も運営していました。弟 Charles はこの叔母の養子になり、Palgrave Academy で学んで育ち、Royal College of Surgeons のメンバになります。

アーサーの妹は歴史著述家になりました。

化学/科学に関心をもち、学術の協会を創設

アーサー・エイキンは New College at Hackney の Joseph Priestley のもとで学び、科学の実用的な応用に関心を持ちます。

エイキンは1801年に the British Mineralogical Society の会長となります(28歳)。1807年には Geological Society of London の創設メンバに名を連ね(34歳)、のちに名誉幹事にもなりました。1841年創設の Chemical Society of London  の創設メンバでもあり、財務係を経て副会長も務めました。

エイキンは ロンドン・リンネ協会 のメンバでもあり、また1820年にはイギリス土木学会 にも加入しました。

著述・翻訳を通じてイギリス社会に貢献

これらにくわえて、エイキンは自活するために働きました。若い時期にわずかにユニテリアンの聖職者として過ごしたのち、 Guy’s Hospital で化学の講義を32年間つづけながら、著述や翻訳も行いました。

彼の著述やジャーナリズムは外国の化学/科学の最新情報を広くイギリスに伝えることに貢献しました。

Charles Rochemont Aikin és Arthur Aikin A dictionary of chemistry and mineralogy című munkája 1807-ben megjelent első kötetének címlapja.

出版物

  1. ‘A Translation of Denon’s Travels in Egypt’ (1801).
  2. ‘Dictionary of Chemistry and Mineralogy’ (1807–14), prepared in conjunction with his brother, C. R. Aikin.
  3. ‘Manual of Mineralogy’ (1814).
  4. ‘Account of the most recent Discoveries in Chemistry and Mineralogy’ (1814).

エイキンは未婚のまま、1854年にロンドンの Hoxton で亡くなりました(80歳)。

参考
Arthur Aikin
Charles Rochemont Aikin
Dictionary of National Biography, 1885-1900/Aikin, Arthur