代将ジョージ・アンソン、スペイン財宝艦隊を捕獲して世界一周

代将ジョージ・アンソン、スペイン財宝艦隊を捕獲して世界一周
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技術革新で冒険心を掻き立てられる18世紀

18世紀を迎えたイギリスでは科学が進歩し、物事の実態を見極める洞察力が増し、技術の革新が起こりました。航海や探索や調査に必要な機器が開発され、冒険心を掻き立てました。このころイギリスの技術は世界の最先端にありました。

アンソン世界一周の冒険、目的はスペイン船を妨害すること

アンソンの冒険記

1740年にポートマスを出港した代将ジョージ・アンソン(George Anson)は西回りで世界を一周して、1744年に帰還しました。1748年に出版されたアンソンの冒険記は一般大衆にひろく読まれ、商業的な成功も果たしました。ただし彼の世界一周は、発見のための旅ではありませんでした。

Path of the Centurion under the command of George Anson

スペイン船の妨害が目的

1740年、当時のイギリスはカリブ海と南アメリカで、対スペイン戦である「ジェンキンスの耳の戦争(War of Jenkins’ Ear)」を展開していました。アンソンはスペイン帝国の船を混乱させたり捕獲する目的をもって、8隻からなる船隊を率いていたのです(HMS Centurion)。

大西洋を横断した船隊は、激しい嵐にもかかわらず南米南端のケープホーン(Cape Horn)を回り、さらに悪天候の太平洋へと抜けました。船の修理を終えると、数隻のスペイン戦を襲撃して西へ向かいました。

銀貨を積んだスペインのガレオン船を捕獲!

1743年6月に中国で停泊したあと、アンソンの船隊はスペインのガレオン船(Nuestra Señora de Cavadonga / Spanish treasure fleet)に出くわします。ガレオン船とは、スペインが植民地と本国との貨物移送のための艦船として使っていた大型の帆船の総称です。この船は銀貨を積んでいたにもかかわらず無防備な状態で、マニラ(Manila)を出港し西へむかっていました。アンソンはこの船の捕獲に成功して、本国への帰途に就きます。

アンソンはこの戦利品の分け前を得ました。その価値は£90,000におよび、現在の通貨価値に置き換えると約1,350万ポンド(≒2兆円弱)に相当します。船上時計を開発したジョン・ハリソンが受けた賞金の約4.5倍です。

帰還できたのは1854人中188人

この世界一周の旅は、非常に多くの犠牲者もだしました。1854人いたと言われる士官および船員のうち、イギリス本国に帰還したのは188人だったといいます。

George Anson, 1st Baron Anson (1697–1762)
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参考
George Anson’s voyage around the world
George Anson, 1st Baron Anson
ANSON’S VOYAGE ROUND THE WORLD
History of Britain and Ireland: The Definitive Visual Guide