ラテン語と古英語
中世のヨーロッパではほとんどの書物がラテン語で書かれていました。しかし、ラテン語を理解できるのは、ほぼ聖職者だけでした。
このようなヨーロッパにおいて、イングランドは少し特異でした。書物に古英語も使われていたのです。古英語は多くのひとの話し言葉でした。
書物の多くは聖職者によって書かれたものだったので、必然的に宗教色の強いものが多くなります。しかし聖職者以外のひとが古英語で書いた書物は、宗教に限りませんでした。
古英語で書かれた書物のなかでは、叙事詩(epic poem)「ベオウルフ(Beowulf)」が有名です。8世紀~9世紀に書かれたのが最初とされていますが、物語じたいは何世代にもわたって口頭で語り継がれてきたものです。
話し言葉(古英語)の書物があったため、当時のヨーロッパの他の国に比べて、より多くの人が読み書きを学べる環境であったと言うこともできます。しかしやはり大部分の書物は聖職者が書いており、ラテン語が主流ではありました。
美術品
金銀細工
アングロサクソンの金細工職人は、美しい宝飾品を造ることで知られていました。11世紀に至っても、イングランドには有名な金細工職人がいたことが、史料からわかっています。
工芸品の発展
社会には、鍛冶職人や銅職人や陶芸職人などもいました。初期の陶器はすべて手で作られていましたが、7世紀頃から「ろくろ」が導入されるようになります。動物の骨や角などから櫛をなどの道具を作る職人もいました。時代がくだると、富裕層のために宝飾類に細工を施して美しく仕上げる職人も数多く現れました。
スタッフォードシャーの埋蔵品
2009年、イングランドのスタッフォードシャー(Hammerwich in Staffordshire)でアングロサクソン時代の金銀細工が発見されました。5.1kgにおよぶ金、1.4kgの銀、その他3,500個の宝石類を含んでいます。時期は650年~675年と推定され、場所はマーシア国に当たります。
総じてとても優れた金細工技術がうかがえ、とくに剣や兜に施された装飾は注目に値します。以下の動画では、発掘された金細工や、その調査、当時の再現映像を見ることができます。
発掘品をオンラインで見れるほか、2つの博物館で実物を見ることもできます。
公式サイト:
https://www.staffordshirehoard.org.uk/
所在地(博物館1):
The Potteries Museum & Art Gallery
所在地(博物館2):
Birmingham Museum & Art Gallery
書物の装飾
アングロサクソンの修道院には、美しく装飾された書物を作る長い伝統がありました。11世紀のイングランドにおいて、書物製作の中心地はカンタベリー(Canterbury)でした。カンタベリーの修道僧は、詩篇(Psalms)「Arundel Psalter」のような華美な装飾を施した書物を製作しました。
織物
アングロサクソン人は織物の技術も優れており有名でした。教会のタペストリーや祭服などを編みましたが、残念ながらほとんど現存していません。
少し時代はくだりますが「バイユーのタペストリー」という織物が、フランスのバイユー博物館に所蔵されています。ノルマンコンクエストの様子を描いた非常に有名なタペストリーです。(じつは「織物」というよりは「刺繍」なのですが)ここにアングロサクソンの伝統技術が使われています。
バイユーのタペストリーはイングランド製?
「バイユーのタペストリー」の制作を命じたのは、ウィリアム征服王の妃という説と、ウィリアム征服王の弟という説があります。後者ですと、このタペストリーはアングロサクソン人の技術者によってイングランドで製作された可能性がいっそう高くなります。
イングランドで製作されたとする説では、次のような点を根拠としています。
- ラテン語のテキストにアングロサクソンとの関連が見いだせる
- イングランド発祥と思しき刺繍技術が使われている
- イングランド伝統の植物染料が使われている
またタペストリーをデザインした人物として、カンタベリーの聖オーガスティン修道院長が挙げられています。いずれにせよ、実際の針仕事は女性たちが受け持ったようです。
建造物
家屋
アングロサクソン時代のひとびとは、木製の小屋に住んでいました。たいてい部屋はひとつだけで、家族全員がここで寝起きしていました。
貧しい人々は、衝立(ついたて)を挟んで家畜とひとつ屋根の下に寝泊まりしました。動物の体温は、冬の寒さをしのぐのに役立ちました。領主と家臣はベッドで寝ることができましたが、貧しい人々は床で寝ました。
領主の屋敷といえども窓ガラスはなく、どの家にも煙突がありませんでした。床は地面がむき出しであるか、木の板がはめられていました。
裕福な人々はロウソクで灯りをとることができましたが、ロウソクは高価だったので貧しい人々には手がとどきませんでした。貧しい人々はラッシュライトをつかいました。イグサを動物の脂に浸したものです。
家屋やその他の建物は単純な構造をしていました。木製の梁に土製の壁(Wattle and daub)で構築されており、このような建材のため燃えやすく朽ちやすく、ほどんど現存していません。
トイレ
アングロサクソン時代のトイレは、地面に穴を掘って木製の便座を設置したものでした。細い木片を編んだ衝立で周囲を覆っていました。
アングロサクソン時代の村を再現した博物館施設があります。
教会・修道院
ほとんどの建物は朽ちやすい素材で建てられていましたが、教会や修道院には「石」が使われました。いくらかは現存しており、今も見ることができます。
アングロサクソン人の教会は一般的に小さめでした。多少の装飾は施されましたが、のちのノルマン人によって築かれた教会のような荘厳さはなく、質素です。
しかし塔には力を注ぎました。小教区の教会に現存する塔の多くは、アングロサクソン時代のものであることが少なくありません。
当初、塔は防衛目的で建てられました。遠くを見渡せる場所として、攻撃から地域を守るのに役立ちました。
再現ドラマ×ドキュメンタリー
紀元1000年頃のブリテン島でアングロサクソン人たちはどのように暮らしていたのでしょう。Timeline のドキュメンタリー映像が公開されていたので紹介しておきます。歴史家たちのインタビューと合わせて、暮らしを想像し再現したドラマ仕立てになっています。当時の衣服や建物、生活用品が気になる方にもおすすめです。
参考
Anglo-Saxon_architecture
Anglo-Saxon Architecture BY DAVID ROSS
Staffordshire Hoard
Anglo-Saxon_dress
Bayeux Tapestry