エドマンド2世(Edmund Ironside)

エドマンド2世(Edmund Ironside)

エドマンド2世は、先王エゼルレッドと最初の妃の息子です。1016年の「アサンドゥンの戦い(Battle of Assandun)」でデンマークのクヌート軍に大敗して、イングランドを割譲することになりました。

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エドマンド2世(Edmund Ironside

治世1016 (222日)
継承権エゼルレッドの息子
生没c.990 – 1016 (26歳)
家系ウェセックス家(house of Wesex
父母Æthelred the Unready & Ælfgifu of York
結婚Edith of East Anglia
子供Edward the Exile / Edmund Ætheling
埋葬Glastonbury Abbey, Glastonbury, Somerset (廃墟)

おもなできごと

エドマンド2世は、先王エゼルレッドと最初の妃の息子です。1015年にクヌートがイングランドに上陸したときは父王エゼルレッドと共闘しロンドンの防衛につとめました。

エドマンド2世の妃

エドマンドはイングランドの有力家系の女性エディス(Edith of East Anglia)と結婚しました。 エディスは1014年にエゼルレッドの報復を受けて殺された人物(Sigeferth)の未亡人で、当時は修道院に幽閉されていました。

1016年4月に父王エゼルレッドが崩御し、エドマンドが即位したものの、評議会はクヌートの即位を支持していました。

1016年10月、エドマンド2世は「アサンドゥンの戦い(Battle of Assandun)」でクヌート軍に大敗を喫します。この結果、イングランドが分割されました。エドマンドにはウェセックスのみが残され、ほかの地域はすべてクヌートの支配下におかれます。

さらに、エドマンド2世がなくなった後には、その領域と王位をクヌートに継承することが約束されました。

1016年11月、エドマンド2世が先に亡くなりました。暗殺されたと云われています。こうしてクヌートがイングランド全土を手中におさめ、イングランド王位に就きました。

エドマンドの二人の息子(EdwardEdmund)と家族は亡命しました。

年表

1016エゼルレッドの息子エドマンドが国王になる
「アサンドゥンの戦い」でエドマンドがデンマーク王子クヌートに大敗
イングランドが分割される(テムズ川以北をクヌートが掌握)
1016エドマンドが死去し、クヌートが全イングランドに君臨

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参考
Edmund Ironside
Kings and Queens of England & Britain
Edmund lronside

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