ヘンリー5世(Henry of Monmouth)
       

ヘンリー5世は、ヘンリー4世の息子です。武勇に優れ、父王の治世に起きたイングランド各地の反乱をを鎮圧しました。

即位すると対仏戦(百年戦争)を再開し、アジャンクールの戦いに勝利します。1420年には、次期フランス王位の継承が約束され、フランス国王シャルル6世の娘カトリーヌを妃に迎えました。しかし息子ヘンリーが生まれて間もなく、ヘンリー5世は赤痢を患って35歳で急逝してしまいました。

シェイクスピア( Shakespeare )の史劇『( Henriad )』によって、ヘンリー5世は中世イングランドの英雄王の1人として強く印象付けられ、後世に語り継がれています。

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ヘンリー5世(Henry of Monmouth)

ヘンリー5世
出典 Wikimedia Commons
治世1413年3月21日-1422年8月31日(9年164日)
継承権ヘンリー4世の息子
生没1413年3月21日:場所 Monmouth Castle
1422年8月31日(35歳):場所 Château de Vincennes
家系プランタジネット家(Plantagenet
ランカスター系(Lancaster
父母Henry IVMary de Bohun
結婚Catherine of Valois(1420年)
子供Henry VI of England
埋葬Westminster Abbey
ヘンリー5世

年表

1413ヘンリー5世、父王の死にともない25歳でイングランド国王に即位
1414ヘンリー5世、エドワード3世が始めたフランス王位継承の請求を再開
※1320年のカレー条約で、エドワード3世はフランス王位請求を取り下げたが、同時に決められた「フランスによるジャン2世の身代金の支払い」は滞っていた。
1415第5代マーチ伯エドマンド( Edmund Mortisner )を擁立したグループの計画( Southampton Plot )は、ヘンリー5世によって阻止される
1415ヘンリー5世、対仏戦を再開し「ハーフルール包囲戦( Harfleur )」に勝利
1415アジャンクール(アジンコート / Agincourt )の戦い:イングランド勝利
1416ウェールズ反乱を率いたオワイン・グリンドゥールが死去
1420トロワ条約:ヘンリー5世、フランス国王シャルル6世の娘カトリーヌ(キャサリン)と結婚
シャルル6世の死後、ヘンリー5世がフランス王位を継承することが取り決められる
1421ヘンリー(のちの6世)の誕生
1422ヘンリー5世、シャルル6世を継いでフランス王位を継承する前に亡くなる
翌月、シャルル6世も亡くなる
生後9ヶ月の赤ん坊がイングランド国王 兼 フランス国王になる
ヘンリー5世の治世の年表

おもなできごと

即位前の活躍

父王ヘンリー4世の治世、王太子ヘンリー(のち5世)は、各地の反乱の鎮圧に向かい戦闘を経験しました。オワイン( Owain Glyndŵr )が率いたウェールズ勢との戦いや、パーシー家との戦い( Battle of Shrewsbury )で軍を率いました。

父王が病に伏すようになると、政治の面でも影響力を増すようになります。しかし父王と意見が合わず、両者の間で対立が起こりました。1413年に父王が亡くなると実権を握り、”フランス王位の請求( English claim to the French throne )”を再開します。

即位後、対仏戦を再開し大勝利

1415年、ヘンリー5世は対仏戦にのりだしました。この戦争はエドワード3世の時代に始まった一連の戦争(百年戦争 / Hundred Years’ War / 1337–1453 )の第3部として知られています。同年のアジャンクールの戦い( Battle of Agincourt )で勝利をおさめ、フランス征服の実現可能性が高まりました。

トロワ条約と死

1420年にシャルル6世とトロワ条約( Treaty of Troyes )を結びます。ヘンリー5世にフランス王位の継承権を認める内容で、その一環としてヘンリー5世はシャルル6世の娘カトリーヌ(キャサリン / Catherine of Valois )と結婚します。

※バロワ家の王太子シャルル(のち7世)の継承権を無効にする内容。納得のゆかない王太子シャルルはブールジュに宮廷をかまえて反撃準備にかかる。

二人の間に生まれた息子もまたヘンリーと名付けられました。将来、イングランド王位とフランス王位を継承する運命にある男児です。すべてが「イングランド・フランス二重王国( Dual monarchy of England and France )」の成立へ向けて動き始めました。

しかし1422年、ヘンリー5世は赤痢にかかって急死します。享年35歳と若く、トロワ条約からわずか2年後のことでした。さらにヘンリー5世が亡くなった翌月、フランス国王シャルル6世も亡くなりました。

イングランド王位もフランス王位も、一応は息子ヘンリーに継がれましたが、ヘンリー6世はこのとき生後9ヶ月に満たない赤ん坊でした。

地図

1420年の状況

1420年の簡易地図
赤:イングランド国王下
青:フランス国王下
出典 Wikimedia Commons

1420年、トロワ条約がむすばれた当時の領土の支配状況です。

ヴァンセンヌ城(フランス)

ヘンリー5世が亡くなった城です。ジョン王の時代にノルマンディを失って以来、歴代のイングランド国王はブリテン島内で息をひきとっていました。ヘンリー4世は、リチャード1世(d.1999)以来223年ぶりに海外で亡くなった国王となりました。


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参考
Kings and Queens of England & Britain
Henry_V_of_England
Henry V (r. 1413-1422)
King Henry V (1413 – 1422)
A Really Useful Guide to Kings and Queens of England
物語イギリスの歴史(上)

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