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産業革命:「飛び杼」の登場で需要を増す「糸」、ジェニー紡績機の登場

1764年もしくは1765年に、ジェームス・ハーグリーブスが「ジェニー紡績機」を開発しました。ひとりで一度に8本もしくはそれ以上のスプール(リール/糸巻棒)に糸をつむぐことができるようになり、産業革命における繊維業の重要な転換点のひとつに数えられています。ジェニー紡績機は1810年頃まで綿産業やファスチアン産業で広く一般的に使われました。以降はミュール紡績機が取って代わり、これが20世紀初頭まで活躍します。

産業革命期さいしょの運河、リバプールへ石炭をはこぶため開通

サンキー運河は、イングランドに作られた最初の近代的な運河-あるいは産業革命期における最初の運河-であるといわれています。1757年に開かれ、マージー川沿いの町ウォリントンとパーを結びました。工業が栄えるリバプールまで主に石炭を運ぶために建設されました。運河の建設によって、運河沿いの小さな村々もまた工業の町として成長することになりました。

産業革命の幕開け-ジョン・ケイが発明した「飛び杼」

18世紀も半ばになると、新しい手法が開発・導入され、イギリスそしてヨーロッパに広がります。この変化の過程で「工業化」が進みました。ある町や市に専用の工場が集約され、工業都市と呼ばれるようになります。1733年、ジョン・キー(John Kay)によって飛び杼(Flying shuttle)が発明されました。これは従来の手織り機に改良をくわえたもので、格段に効率があがりました。また一人で操作できるため、少ない労働者で生産できるようになりました。

「南海泡沫事件」18世紀に起きたバブル崩壊

18世紀は「合資(≒株式)会社」が注目を集めるようになる時代です。投資家は公開市場で株を買い、リスクを負って利益の分け前を得ることができます。エリザベス1世のころから始まっていた手法ですが、その規模が一気に拡大したのがこの時代なのです。そんななか、南海会社のバブル崩壊がおこります。何千もの投資者が破産し、仕掛け人の悪事が露見します。

政府御用達「イングランド銀行」の創設

1692年、議会が戦争債務の埋め方を模索しているとき、いちはやく融資を申し出たのがウィリアム・パターソンでした。1694年、イングランド銀行が創設されました。イングランド銀行は私立の銀行でありながら、議会法案の可決を経て、特殊な地位を独占しました。次第に中央銀行としての責任を負うようになり、20世紀に国営化されて現在に至ります。