エドワード4世
エドワード4世はヨーク家出身の最初の国王です。父リチャード( Richard, Duke of York )※の意思をついで、ランカスター王家のヘンリー6世を廃して、王位につきました。 ※父リチャードは1460年の「ウェイクフィールドの戦い( Battle of Wakefield )」の戦いで命を落とした。 ヘンリー6世が復位した時期(およそ半年間)があるため、エドワード4世の在位期間は1461 […]
エドワード4世はヨーク家出身の最初の国王です。父リチャード( Richard, Duke of York )※の意思をついで、ランカスター王家のヘンリー6世を廃して、王位につきました。 ※父リチャードは1460年の「ウェイクフィールドの戦い( Battle of Wakefield )」の戦いで命を落とした。 ヘンリー6世が復位した時期(およそ半年間)があるため、エドワード4世の在位期間は1461 […]
紀元43年にローマ軍がブリタンニア侵攻に成功して以来、1世紀のイギリスは徐々にローマ帝国の支配下に置かれました。ただしブリテン諸島(現イギリスを構成する主要な島々)の全土が征服されたのではなく、おもに本島の南西部~現イングランドにあたる地域が、ブリタンニアとしてローマの属州となりました。 ローマ帝国は、ブリタンニアを地理的に制御するために、多くの建物を建て、道路や橋などのインフラを整備しました。征 […]
ローマ帝国は4世紀末に東西に分裂しました。西ローマ帝国は、外敵の侵入を防ぎきれず疲弊してゆきました。5世紀初頭、イギリス(ブリタンニア)に派遣されていた軍がひと仕事終えて撤退すると、ブリタンニアは弱体化しました。 5世紀のイギリスの主な出来事は次のとおりです。 ローマからの派遣軍がブリテン島を去る ブリタンニアの将軍コンスタンティヌスが皇帝を僭称し、軍をひきつれて大陸に渡るも敗戦 ブリトン人がロー […]
このページは、13世紀のヨーロッパの服装【女性編】です。 13世紀ヨーロッパの服装の「概要」および「男性編」は下記リンク先を参照してください。 基本のスタイル 女性の衣服も男性と同様に比較的質素で控えめでした。くるぶし丈のシャツの上にシクラス( cyclas )または、袖のないサーコートを着用し、ウエスト部分を細めのベルト( belt )で締めました。 富裕層の女性は、こうした衣服やマントに刺繍を […]
このページでは、4ヶ国すべての君主※を掲載しています。知りたい国家および年代を、目次から選択してジャンプしてください。 ※「イギリス」は正式名称を「グレートブリテン王国および北アイルランド連合王国(1922年成立)」といい、4つの国から成っています。イングランド・ウェールズ・スコットランド・北アイルランドです。国家と国名の変遷など、おおざっぱな通史を知っておきたい方は、国名の変遷 を参照してくださ […]
エドレッドは、エドワード長兄王と三番目の妃の息子です。実兄エドマンド1世をついで王位に就きました。 「北欧人(バイキング)の打倒」は、もはやイングランド王家の宿命ともなっていました。エドレッドは、954年、ノーザンブリアを支配していた北欧系の王エリック(Eric Bloodaxe)の追放に成功しました。エドレッドは胃腸に深刻な病気を抱えており、これが重症化して命を落とします。30代前半であったと考えられ、結婚はしておらず、子供もありませんでした。
先史時代 c.6000BCE ブリテンが島になる c.4300BCE 新石器時代のはじまり c.3300BCE ストーンヘンジの建築はじまる c.2200BCE 青銅器時代のはじまり C.500BCE ケルト語が一般的 55BCE ユリウス・カエサルが侵攻を試みる 先史時代 ローマ時代(43-410) 43CE ローマ軍による侵攻とブリタンニアの建設 60-61 ブーディカの反乱 122 ハドリア […]
衣服の主流はチュニック( tunic )でした。富裕層が着るチェニックは丈が長く、色鮮やかで高品質な布が、その豊かさを象徴していました。素材はシルクや、シルクで縁取られた布でした。農民や兵士のチュニックは膝丈もしくは膝上丈でした。 一般人と、重装備の兵の例です。
このページは、12世紀のヨーロッパの服装【男性編】です。 12世紀ヨーロッパの服装の「概要」および「女性編」は下記リンク先を参照してください。 下着 / 肌着 チェニックとブレイズの組み合わせ 下着/肌着は、インナーチェニックまたはタイトな長袖のシャツおよび、猿股のようなパンツ( drawers/braies/ブレイズ )で構成されました。布地はリネンであることが多かったようです。 長靴下 ショー […]
リチャード3世は、ヨーク家の最後の国王であり、プランタジネット朝の最後の国王でもあります。 12歳の甥エドワード5世を廃位し、自身が王位に就きましたが、ボズワースの戦いでヘンリー・テューダーに破れて落命します。 シェイクスピアの作品「リチャード3世」では醜い悪役として描かれ、そのイメージが後世に残されましたが、実態は少し違ったようです。 リチャード3世(Richard III) 治世 1483年6 […]