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社会・社交界

18世紀~19世紀の馬車のスピード

有料化によって道路のコンディションが良くなったおかげで、馬車の移動スピードも向上しました。1750年代には平均時速8キロメートルだった乗合馬車が、1790年代には平均時速11キロメートルで走りました。メールコーチが時速24キロメートルで走行した記録もあります。

18世紀~19世紀の陸路

これまでの穴だらけ泥だらけの道に比べて、修繕された有料道路は快適でした。旅人や商人は「有料」の「価値」を認めはじめました。 道路のコンディションがよくなると、馬に背負わせる荷物の量を増やすこともできます。18世紀の終わりには、馬は1頭あたり 3,000kg 以上の荷を運んだそうです。 有料道路の運営と管理は民間団体に信託されました。ターンパイクトラスト(turnpike trusts)といいます。

18世紀~19世紀初頭の建築家&造園家 – パッラディーオ様式と自然な美しい景観

18世紀~19世紀初頭、上流階級の富める人びとは豪華なカントリーハウスを所有し、そこに住んだり、季節ごとに滞在したりしました。所有する豪邸とまわり景観を美しく仕上げることに時間とお金を費やし、邸宅までのアプローチと窓からの眺めをより印象的なものにしようと躍起になりました。

17世紀の陸路

道路の修理は、一般的には個々の小教区の責任でした。このため道路が修理されずに放置されることがしばしばありました。道路は穴だらけで、なかにはとても深い穴に水がたまっていることもあり、足がずぶ濡れになることも珍しくありませんでした。1663年、主要道路の一部※1の修繕計画が議会を通過しました。道路に通行料を課して修繕の費用にあてるのです。有料道路の登場です。運営は、民間に信託されました。

リージェンシー・ファッション(摂政時代の装い)

18世紀末~19世紀初頭 フランス貴族をイメージさせる装いを避ける 18世紀末から19世紀初頭のヨーロッパおよび関連する国々のファッションは、18世紀初頭の重厚なコスチュームから解放されて、かろやかな装いが流行しました。というのもフランス革命のあおりで、フランス貴族のようないでたちで出歩くことを好む人がいなくなったからです。また、かつての衣装は社会的地位に左右されるものでしたが、19世紀を迎えるこ […]

リージェンシー・ファッション-女性編-

18世紀末から19世紀初頭にかけて流行したスタイルを「エンパイアスタイル」などと呼びます。胸のすぐ下で絞ってバストを支え、スカートをながすスタイルです。ドレスのなかに下着(undergarments)、外にはガウン(gowns)や上着(outerwear)を重ね着しました。上着は、スペンサー(spencer)やペリーズ(pelisse)が人気でした。動画では、下着からコルセット、ドレス、ガウン、アウターまで、エンパイアドレスを実際に着る様子を、解説付きで見ることができます。

3月5日の夜(ボストン虐殺事件)

午後8時頃、10代の少年グループがボストン関税局の近くを歩いていました。同じとき、英国陸軍の准大尉(Captain-lieutenant)ジョン・ゴールドフィンチ(John Goldfinch)がたまたまその近くを通りかかります。ウィッグ店の見習いだった13歳のエドワード・ジェリック(Edward Garrick)は、ゴールドフィンチ准大尉を見つけると言いました、「ゴールドフィンチは、代金の支払いを拒否したぞ!」。しかしゴールドフィンチ准大尉の支払いは、実は前日に済んでい…