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戦争

「コペンハーゲンの戦い」副提督ネルソンの先制攻撃が功を奏する

1801年1月、ネルソンは副提督に昇進します。バルト海遠征軍に、ハイド・パーカーに次ぐ指揮官として配属されました。デーン人が果敢に抵抗に出たのを見て、パーカーは撤退のシグナルを発します。ところがネルソンはこれに従わなかったのです。

ナポリを奪還したネルソン少将、ハミルトン夫妻をともなって帰還

ナポリがフランスの手に落ち、王室メンバはシチリア島に避難 ナポリは船の修理に便利な港でした。「ナイルの海戦」で勝利したネルソンは、1798年9月に寄港し英雄として迎えられました。公使夫人エマ・ハミルトン(Emma Hamilton)も彼を歓待しました。 ナポリは南下してくるフランスに抵抗する国でした。ローマはすでにフランス軍に占領され、教皇は捕虜となっていました。ナポリ国王フェルディナンド(Fer […]

「ナイルの海戦」ナポレオンの計画をくじく要(かなめ)-フランス革命戦争

ナイルの海戦(1798年8月1日-3日) ナポレオンのエジプト侵攻計画、ネルソン率いる戦隊がフランス艦隊を追う 「テネリフェの戦い」で負傷し、片腕を切断したネルソンはイギリスに戻り療養していました。1798年の春、じゅうぶん回復したとして軍務に復帰します。提督ジャービス(Earl of St. Vincent)はネルソンの戦隊に、トゥーロン港(Toulon)に停泊しているフランス艦隊の監視を任せま […]

ネルソン代将「サンビセンテ岬の戦い」を勝利に導く-フランス革命戦争

霧がたちこめる海でネルソン代将は、近くをスペイン艦隊が航行していることに気づきました。27隻のスペイン艦隊がフランス艦隊と合流する手はずで、2つの隊にわかれて航行していたのです。ジャービス提督はスペイン艦隊の間に割って入り、敵の一方が援護に駆けつけるより速く他方を破壊する戦略をとりました。しかしイギリス軍の船は、戦略に見合ったじゅうぶんな速さで舵を切れていないことが徐々に明らかになります。

アメリカ革命のながれ(2/2)

アメリカ革命(独立)戦争は「英領北アメリカの13植民地人」と「国王代理の総督府」の間に生じた亀裂が大きくなった結果の、”内戦”としてはじまりました。1778年にはフランス国が植民地人サイドについて参戦してきます。イギリスの内戦であったものが、国家間の対立に発展しました。1781年、バージニアのヨークタウンでイギリス軍が敗戦します。公式の終戦は1783年ですが、植民地人はここで事実上の独立を勝ち取ったようなものです。

アメリカ独立への序章「砂糖法」

1764年4月5日、「砂糖法案」がイギリスの議会を通過しました。当時、フランス領およびオランダ領の西インド諸島(カリブ海)から北米のイギリス領へ、砂糖と糖蜜の密輸貿易が行われていました。これを終わらせるために設けられたのが「砂糖法(Sugar Act)」です。イギリス政府は収入源の確保も必要でした。フレンチ・インディアン戦争の戦費をまかなうたため借金(公債)が嵩んでいたのです。アメリカの植民地人にとって不快だったのは、商船の取り締まりの厳しさでした。

代将ジョージ・アンソン、スペイン財宝艦隊を捕獲して世界一周

1740年にポートマスを出港した代将ジョージ・アンソンは西回りで世界を一周して、1744年に帰還しました。ただし彼の世界一周は、発見のための旅ではありませんでした。航海中の1743年、スペインのガレオン船を捕獲し戦利品を獲得します。1748年に出版されたアンソンの冒険記は一般大衆にひろく読まれ、商業的な成功も果たしました。犠牲者は多く1854人いたと言われる士官および船員のうち、イギリス本国に帰還したのは188人だったといいます。

続・スペイン継承戦争:四国同盟戦争

スペイン継承戦争を終わらせた「ユトレヒト条約」では、「フェリペ5世はスペイン王位を継ぐ代わりにフランスの王位継承権を放棄する」という約束でした。しかしフェリペ5世は、ルイ14世亡きあとのフランス王位を狙いはじめました。 これに警戒したオーストリア、イギリス、フランス、ネーデルラントの4ヶ国が同盟してフェリペ5世と対戦します。フェリペ5世はイギリスを牽制する目的で、ジャコバイトの支援も行いました。

ジャコバイト最後の蜂起「カロデンの戦い」1745-46

1745年のジャコバイト蜂起はチャールズ・エドワードがおこなった挑戦です。1869年の「名誉革命」で王位を逐われたジェームズ2世はチャールズの祖父にあたります。イギリスでは「王位継承法」が成立し、王位継承権はプロテスタント教派に限ることが法律で定められ、ハノーヴァー朝が始まっていました。1746年1月のフォルカークミュアでこそ勝利をおさめますが、4月のカロデンの戦いで完敗を喫する結果となりました。