イングランドのカントリーハウス(1)生い立ちと建築様式の変化

イングランドのカントリーハウス(1)生い立ちと建築様式の変化

カントリーハウスの建築様式は様々です。中世のものから、テューダー朝エリザベス時代の様式、あるいは後のゴシック様式やバロック様式、摂政時代に新築されたパッラディーオ様式、そこから少し時代を下ったビクトリアン様式などがあります。

長い歴史をもつカントリーハウスは、時代ごとの様式が混在していることもあります。旅行などでカントリーハウスを訪れるときには、どんな歴史をもった建物なのか探ってみるのも楽しそうです。

カントリーハウスの登場はおよそ500年前

イングランドにカントリーハウスが現れはじめたのは、およそ500年まえです。 時代区分としては、中世がおわり近世にさしかかったあたりです。 それ以前の巨大な建物といえば、たいてい戦いのための要塞/城塞(封建領主の城)でした。

テューダー朝(1485-1603)が開かれると、ようやく世の中が落ち着きを見せ始めます。こうしてはじめて要塞ではない巨大な建築物があらわれることになりました。

テューダー朝…英仏百年戦争につづく内輪もめの薔薇戦争(王位継承争い)を経てヘンリー7世によって開かれた王朝

修道院-16世紀前半

Buckland Abbey / By Ben Bender, CC BY-SA 3.0

カトリック教会から離脱したヘンリー8世(在1509 – 1547)は、修道院を解散させて建物(Monastery)をお気に入りの臣下に分け与えました。

このような旧修道院は、個人所有のカントリーハウスへと転用されることになりました。 名称の末尾に「アビー / abbey」や「プライオリ / priory」と付くものは、もと大小の修道院だった可能性があります。しかし名称には決まりがないため、後世に建てられたまったく関係ない建物の名称に添えられている場合もあります。

マンションの登場-16世紀後半

The façade of Burghley House / By Anthony Masi from UK – Burghley House #2.jpg, CC BY 2.0

エリザベス1世(在1558 – 1603)の治世の後半からジェイムズ1世(1603 – 1625)の治世にかかる時期に、マンション(mansion)が登場します。 建築家によってデザインされました。

日本語でマンションというと集合住宅ですが、英語のマンションは豪邸を意味します。

有名なものとして、バーリーハウス(Burghley House)、ロングリートハウス(Longleat House)、 ハットフィールドハウス(Hatfield House)が挙げられます。

またモンタキュートハウス(Montacute House)もこの時期に建てられました。 この邸宅には、ヨーマン身分から身を起こしジェントリ(Gentry / 地主)階級となっていた家系のエドワード・フェリップス(Sir Edward Phelips) とその後継者が、400年にわったって暮らしました。

マンションの主人たちは国王に訪問してもらうために、人目を引くデザインを好みました。 城塞建築にならって塔や尖塔をそなえたスタイルが流行りました。

初期パッラディーオ様式-17世紀

Queen’s House in Greenwich, South East London, United Kingdom

チャールズ1世(1625 – 1649)の治世の頃になると、新たなスタイルがイングランドで脚光をあびるようになります。 パッラーディオ建築(Palladian architecture)というスタイルで、建築家イニゴ・ジョーンズ(Inigo Jones)の名前とともに広まり、それまでのイングランドの建築をすっかり様変わりさせました。

パッラーディオ建築とは、古代ギリシャ・ローマ時代の神殿建築を基調とした、左右対称の構造を特徴とする建築様式です。

パッラディーオ様式は、ヨーロッパで広く流行ったバロック様式のまえに一時、影をひそめます。

バロック様式 -17世紀~18世紀前半

Blenheim Palace, Oxfordshire: an enfilade of nine state rooms runs the length of the palace / By Giano – This file was derived from: Blenheim Plan.gif, Public Domain

この時期に建てられた有名なバロック様式(Baroque architecture)のカントリーハウスは、チャッツワースハウス(Chatsworth House)ブレナム宮殿(Blenheim Palace)などが挙げられます。 公爵位の貴族の邸宅でした。

バロック様式のアパートメント「エンフィレイド(enfilade)」がもちいられた所帯では、小さなつづき部屋を得てプライベート空間をもつのも珍しいことではありませんでした。 バロック様式は18世紀のなかばまで流行しました。

全盛パッラディーオ様式-18世紀~19世紀初頭

Kedleston Hall. The south front by Robert Adam, based on the Arch of Constantine in Rome / Photo By Hans A. Rosbach – Own work

新古典主義のブームでギリシャ風スタイルが流行りはじめると、建築家ロバート・アダム(Robert Adam)らに見出されて、パッラディーオ様式がふたたび人気を得ます。

裕福なオーナーは、彼らの邸宅と周辺の土地の景観を美しくするため、そして建物の窓から見えるアプローチと景色もより印象的で素晴らしものにするために、多くの時間とお金を充てました。

イングランドの有名な造園家 “Capability” Brown(Capability Brown) は、この時代に活躍した人物です。 彼のニックネーム Capability (可能性、将来性、資質)は、彼が好んだ表現「a great capability of improvement 」に由来しています。

ビクトリアン様式-19世紀中ごろ

Bletchley Park / By DeFacto – Own work, CC BY-SA 4.0

19世紀の産業革命につづいて、第三のカントリーハウスが、新しい富裕層によって建てられました。 実業家や銀行家の多くは、その富を味わって、誇示してみたかったのです。

イングランドが好景気に沸いた1850年代から、ゴシック・リヴァイヴァル様式(Gothic Revival architecture)で新たなマンションが建てられ始めました。

この時代のカントリーハウスは、ロスチャイルド家の豪邸群(Rothschild properties in the Home counties)、そしてブレッチリーパーク(Bletchley Park)などに代表されます。

カントリーハウスの内装

サドバリー・ホール By David Dixon, CC BY-SA 2.0

裕福な上流階級が暮らしたカントリーハウスは、内装も華やかでした。彫像や名作絵画など貴重な美術品のほか、武器や防具も所蔵していて、タペストリーやラグや家具も立派なものでした。

19世紀の農業不況と20世紀の2度の世界大戦を経て、多くのオーナーが、経済的にカントリーハウスを維持できなくなりました。内装品は転売され、建物は解体されました。現在、博物館やホテルとして運営されているカントリーハウスには、内装品が遺っている場合もあります。

摂政時代の作家ジェーン・オースティンの小説『高慢と偏見』には、主人公のエリザベスがダーシーの邸宅ペムバリーを観光で訪れるシーンが描かれています。BBC版『高慢と偏見』では、エピソード4に、そのシーンが収録されています。

イングランドのカントリーハウス(2)建築様式の混合
イングランドのカントリーハウス(2)建築様式の混合
長い歴史をもつカントリーハウスのなかには、ファサードやウィングに時代ごとの建築様式が混在しているものがあります。 時の有名建築家を雇える人は限られていましたので.....

参考
English country house
Country houses and parks, and their owners