イングランドの地主階級(ジェントリ / Gentry)のなりたち

イングランドの地主階級(ジェントリ / Gentry)のなりたち

概要

爵位がなければ地主階級

地主階級(ジェントリ / Gentry)とは貴族の下に属する階級です。上流階層(支配者層)の最下位に位置します。爵位があれば貴族ですが、爵位がなければ地主階級です。貴族の爵位は長男が継ぐので、次男以下の子供たちは地主階級ということになります。

Mr and Mrs Andrews (c. 1750) by Thomas Gainsborough, a couple from the landed gentry, a marriage alliance between two local landowning families – one gentry, one trade.[1] National Gallery, London.

中産階級から地主階級へ

18世紀末から現れ始めた実業家や起業家が大成功をおさめて地主階級に仲間入りすることもありました。地主階級の人々が「同等」と認めればその一員です。貧しい貴族よりも経済的に裕福なケースもありました。

新興の富裕層の多くは、地主階級のステータスを欲しました。地主階級の条件として、所有する土地から収入を得て独立していることが大前提です。少なくとも田園に邸宅を所有していることが必要です。さらに彼らを富裕にした ビジネス / 商売 との結びつきを断ち、汚点を浄化することが求められました(商売は卑しいという観点から)。

しかし産業革命によって増え続ける富裕層が政治的に無視できない存在となりはじめるにしたがい、ステータスへの条件はそれなりに緩んだようです。

C. E. Brock illustration for the 1895 edition of Jane Austen’s novel Pride and Prejudice (Chapter 55)

地主階級の衰退

19世紀の終わりに起きた農業不況(1873-1896 Great Depression of British Agriculture)によって、この階級は衰退をみせます。しかし現在のイギリスにはそれなりの数のジェントリが残っており、彼らの多くはビジネスの手法を土地の売買に切り替えて難を切り抜けたそうです。

地主階級に生まれた人々の職業

地主階級に生まれた長男は土地を相続できますが、いっぽうで次男以下は国務に就くよう促されました。上流社会では商売は卑しいとみなされたため、次男以下は軍人・法律家・聖職者になることがおおむね決まったパターンとなっていました。(地主階級は、16世紀の後半から「政治・軍事・法律」に密接に関わるようになっていた。)

メモ:1832年に至るまで、参政権(投票権)はほとんどが土地の所有者に限られた。広大な土地を借りて農業に従事する者や自由民(Yeoman / Franklin)の農民は中産階級とされ、所有(freehold, leasehold または copyhold)する土地の価値が一定以上の場合は投票権を得られた。しかし、不自由のない生活を送って自らが耕作に携わることがなくても、やはり地主階級とは一線を引く階級であった。

地主階級(ジェントリ)の細分

地主階級に属する人々を細分すると上から、バロネット(準男爵)・ナイト(騎士)・エスクワイヤ(郷士)・ジェントルマン(紳士)に分けることができます。ただし、この序列は領地の大きさや裕福さとは比例しません。

すべての準男爵および、多くの騎士・郷士・紳士は紋章(court of Arm)を持つ権利を得ていました。準男爵と騎士そして一部の郷士は国王から授与される称号ですが、紳士には明確な条件はなく「人格」が問われました。

バロネット(準男爵 / Baronet)

14世紀(1328)にエドワード3世によって制定された世襲制の称号。国王から授与される。

17世紀(1611)に国王ジェイムズ1世は資金調達を目的として、由緒ある家系で年間£1,000以上のジェントルマン200人を準男爵に格上げ(見返りに兵士維持費を要求)。準男爵に「Sir」の敬称を付与した。

準男爵は貴族には属さないとされているが、19世紀の文筆家ウィリアム・トーマス(William Thoms)は、準男爵について「小貴族(nobiles minores)の頂点と考える人もあれば、貴族(nobiles majores)の最下位と考えるひともいる」と説明する。貴族院に議席はない。

参考:Baronet

ナイト(騎士 / Knight)

起源は中世の軍事ランク。ページ(Page)⇒スクワイア(Squire)⇒ナイト(Knight)。騎士は精鋭戦士の臣下あるいは領主の護衛や傭兵として務め、見返りに領地の保有を認められた。

中世の終わりには上流社会の一員とみなされるようになった。封建時代がおわり時代がくだると、騎士の称号は国家に貢献した民間人にも与えられるようになった。

敬称は準男爵と同じく「Sir」だが、ナイトの称号は一代限りで世襲できない。

参考:Knight

エスクワイヤ(郷士 / Esquire)

中世の軍事ランクで、起源は騎士見習いの「squire」。

時代がくだると、国家から授与される「栄誉 / 名誉(honour)」となった。また習慣的に、法廷弁護士・市長・治安判事および、軍事の高官などが該当すると見なされている。

参考:Esquire

ジェントルマン(紳士 / Gentleman)

イングランドの「ジェントルマン」の起源は諸説あるが、中世(12世紀~15世紀)とされている。

地主階級のなかでエスクワイヤ(郷士)の下位に位置づけられている。しかし定義や範囲はあいまいで時代や人によって見解が異なる。具体的には貴族の次男以下の次男以下(貴族の親戚)、郷士や騎士の息子などが該当する。

参考:Gentleman

ジョージアン期のジェントルマン

ジョージアン期の「ジェントルマン」は、地主階級としてのステータスに加えて「人格」が大切な要素と考えられた。

ジョージ3世の治世の頃(18世紀末)から、彼らはその「自制心」を誇りとして、南欧の荒い気質の人たちと自分たちを区別することを理想とした。

ビクトリアン期以降のジェントルマン

地主階級でなくとも「ジェントルマン」と呼ばれるようになる。ジョージアン期の「ジェントルマン」の概念が先駆けとなって、ビクトリアン期(19世紀)以降には次の3つの規範に基づく概念が形成される。

  • Restraint <冷静、自制>
  • Refinement <洗練、上品、教養、精妙>
  • Religion <信条>