リチャード3世(Richard III)
リチャード3世は、ヨーク家の最後の国王であり、プランタジネット朝の最後の国王でもあります。 12歳の甥エドワード5世を廃位し、自身が王位に就きましたが、ボズワースの戦いでヘンリー・テューダーに破れて落命します。 シェイクスピアの作品「リチャード3世」では醜い悪役として描かれ、そのイメージが後世に残されましたが、実態は少し違ったようです。 リチャード3世(Richard III) 治世 1483年6 […]
リチャード3世は、ヨーク家の最後の国王であり、プランタジネット朝の最後の国王でもあります。 12歳の甥エドワード5世を廃位し、自身が王位に就きましたが、ボズワースの戦いでヘンリー・テューダーに破れて落命します。 シェイクスピアの作品「リチャード3世」では醜い悪役として描かれ、そのイメージが後世に残されましたが、実態は少し違ったようです。 リチャード3世(Richard III) 治世 1483年6 […]
このページは、13世紀のヨーロッパの服装【概要】です。 13世紀ヨーロッパの服装の「男性編」および「女性編」は下記リンク先を参照してください。 地域差なくシンプル 一般民の服装は3~4世紀前とほぼ変わらず 13世紀のヨーロッパの服装は、まだシンプルで地域差もほとんどありませんでした。男性の衣類も女性の衣類も基本構造はほぼおなじで、はっきりとした違いが見られるようになるまでにはまだ時間がかかります。 […]
11世紀初頭、デンマーク&ノルウェー王のクヌートがイングランド王を兼ねていました。その支配域から北海帝国とも呼ばれましたが、彼の死後に再び分裂します。イングランドはクヌートの息子が継ぎますが、その死後はアングロ・サクソン系の王が復位しました。この王はエドワード証聖王とよばれます。彼の幼少期にイングランドはデーン人(デンマーク&ノルウェー)の侵略を受けていたため、彼は母方の故郷ノルマンディに亡命し、 […]
ジョンは、ヘンリー2世の四男(早世を含めると五男)です。ジョンは、兄リチャード獅子心王の跡を継いでイングランド国王に即位し、フランスにある広大な領土も相続しました。 ジョンは残酷で身勝手で貪欲な国王であったとされ、物語のなかでは、私利私欲のために諸侯に重税を課した悪王として描かれることがほとんどです。実際には「兄王の遠征と身代金が原因の財政難から出発した治世で、困難がおおいなかで王権拡大を志して失 […]
エドワード1世は政治力と武勇に長けた人物でした。 議会を開く際、聖職諸侯や世俗諸侯に加えて騎士や庶民の代表を招聘することが多かったため、その初めとされる1295年の議会は、後世「模範議会」として知られることになりました。 このほか、ウェールズを征服してイングランドに併合したこと、息子をウェールズ大公に叙したこと、スコットランドへの侵攻なども、エドワードの治世の重要なできごとです。 いっぽうで愛妻家 […]
このページは、13世紀のヨーロッパの服装【男性編】です。 13世紀ヨーロッパの服装の「概要」および「女性編」は下記リンク先を参照してください。 基本 シャツ、チュニック、サーコート 男性は、シャツ( shirt )の上にチュニック( tunic )もしくはコット( cote / cotte )とサーコートの組み合わせを着用しました。 チュニックの着用例 サーコートの種類と発展 サーコート( sur […]
ノルマン人による征服をうけたイングランドには、その結果として数多くの「城 / 要塞」が建てられました。 その約8割がモット・アンド・ベイリー(motte-and-bailey)と呼ばれるスタイルの城です。モット・アンド・ベイリー型の城は、北欧を除く11世紀のヨーロッパでもっとも一般的だった城の形態です。 イングランドで最初の「城」はウィリアム征服王によって、戦略的に優れた場所を選んで各地に築かれま […]
ウィリアム征服王 VS マルカム3世 反乱勢を支援してウィリアム征服王に挑んだマルカム3世、ウィリアムを大君主として認める結果に マルカム3世時代(Malcolm III of Scotland / r. 1058–1093)のスコットランドは、現在のスコットランドよりも狭い領域でした。北部と西部は北欧人(Scandinavian)の支配下にありました。 さてイングランド王国は1066年にノルマン […]
ウィリアム1世(William the Conqueror) 治世 1066.12.25 – 1087.9.9(20年259日) 継承権 エドワード証聖王からの指名(1052)エドワード証聖王の母方の親戚イングランド征服による 生没 c.1028 – 1087.9.9(59歳) 家系 ノルマンディ家(House of Normandy) 父母 Robert the Magn […]
フランスのアンジュー伯家に生まれてイングランド王になったヘンリー(2世)は、パワフルな王で、優秀な戦士でもありました。イングランドの裁判システムを強化したり、軍役代納金(scutage / 軍役に代えて貨幣を治める・税)の徴収額を上げるなどしました。フランスでも領土を拡大し「アンジュー帝国※」とも呼ばれる広大な領地を治めました。 またヘンリー2世は、カンタベリー大司教トマス・ベケットとの対立と、そ […]
《 本の紹介 》