D.5 グレートブリテン王国

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1707-1801年、イングランド(ウェールズ含む)およびスコットランドの連合王国

ジョージ2世(George Augustus)

ジョージ2世は、ジョージ1世の唯一の嫡男です。父ジョージよりは、イギリス人らしいアイデンティティを備えていましたが、政治についてはやはり、ロバート・ウォルポールに依存せざるをえない状況でした。 ジョージ2世は1743年の「デッティンゲンの戦い」に参戦しました。歴代のイングランド国王のなかで、軍を率いて自らが参戦した最後の例です。 1745年には、ステュアート家を支持するジャコバイトが、チャールズ若 […]

アメリカ独立への序章「砂糖法」

1764年4月5日、「砂糖法案」がイギリスの議会を通過しました。当時、フランス領およびオランダ領の西インド諸島(カリブ海)から北米のイギリス領へ、砂糖と糖蜜の密輸貿易が行われていました。これを終わらせるために設けられたのが「砂糖法(Sugar Act)」です。イギリス政府は収入源の確保も必要でした。フレンチ・インディアン戦争の戦費をまかなうたため借金(公債)が嵩んでいたのです。アメリカの植民地人にとって不快だったのは、商船の取り締まりの厳しさでした。

産業革命:「飛び杼」の登場で需要を増す「糸」、ジェニー紡績機の登場

1764年もしくは1765年に、ジェームス・ハーグリーブスが「ジェニー紡績機」を開発しました。ひとりで一度に8本もしくはそれ以上のスプール(リール/糸巻棒)に糸をつむぐことができるようになり、産業革命における繊維業の重要な転換点のひとつに数えられています。ジェニー紡績機は1810年頃まで綿産業やファスチアン産業で広く一般的に使われました。以降はミュール紡績機が取って代わり、これが20世紀初頭まで活躍します。

イギリス史の年表

先史時代 c.6000BCE ブリテンが島になる c.4300BCE 新石器時代のはじまり c.3300BCE ストーンヘンジの建築はじまる c.2200BCE 青銅器時代のはじまり C.500BCE ケルト語が一般的 55BCE ユリウス・カエサルが侵攻を試みる 先史時代 ローマ時代(43-410) 43CE ローマ軍による侵攻とブリタンニアの建設 60-61 ブーディカの反乱 122 ハドリア […]

イギリス躍進の起点「スペイン継承戦争」

ルイ14世の孫フィリップはスペインの国王として継承権こそ認められましたが、領土という点では、イギリスがおおくの植民地を獲得する結果になりました。ユトレヒト条約は、イギリスが植民地帝国として躍進する重要な起点とみられています。いっぽうでフランスとスペインは結果的に、イギリス躍進の犠牲となったのです。

「七年戦争」を経てイギリスは植民地帝国へ

1756年から1763年まで続いた七年戦争は、オーストリア継承戦争がのこした未解決の問題から生じました。まず勢力を伸ばしたいプロイセンと、失地( Silesia )の回復を求めるオーストリアが衝突します。それぞれをイギリスとフランスが援護して、両大国の覇権争いに発展します。

航海中の船、経度を知るには?ジョン・ハリソンが船用時計を開発

経度は、出発地(Greenwich)と現在地の時刻を比較して求めることができます。現在地の時刻は天体観測から知ることができました。しかし出発地の時刻を知るには、出発地で合わせた時計を止めることなく正確に動かし続けて携帯する必要があります。これが問題でした。振り子時計は、船上では揺れの影響を受けてしまい、正確に動くことができませんでした。ですから、船の上でも正確に時を刻む精巧な時計の開発が求められたのです。

【女性編】18世紀末~19世紀初頭の服装(摂政時代)

摂政 / リージェンシー 時代の女性の装いについて整理しました。社交に忙しい上流階級のレディは、1日に3~4度ドレスを着替えることがあったかもしれません。予定のない日であっても、上流の家系ならディナーのために着替えるのが普通でした。

王室の豪邸にも匹敵するカントリーハウスを4つ紹介

ブレナム宮殿 マールバラ公爵の本拠地であるブレナム宮殿(Blenheim)は、イングランドのオックスフォードシャーにあります。王室の所有ではないカントリーハウスのなかで唯一「宮殿 / Palace」が付されている建物です。1705年から1722年にかけて建てられ、1987年からユネスコ世界遺産に登録されています。 一般公開されています。公式サイト:https://www.blenheimpalac […]

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