航海中の船、経度を知るには?ジョン・ハリソンが船用時計を開発

航海中の船、経度を知るには?ジョン・ハリソンが船用時計を開発
       
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船は航海中に「経度」を求めることができなかった

経度を求めるためには正確な時計が必要

緯度は北極星の高度を測って求めることができます。経度は、出発地(Greenwich)と現在地の時刻を比較して求めることができます。

現在地の時刻は天体観測から知ることができました。しかし出発地の時刻を知るには、出発地で合わせた時計を止めることなく正確に動かし続けて携帯する必要があります。これが問題でした。

当時もっとも誤差の少ない時間を刻んだのは、振り子時計です。振り子時計は、船上では揺れの影響を受けてしまい、正確に動くことができませんでした。ですから、船の上でも正確に時を刻む精巧な時計の開発が求められたのです。

Illustration of geographic latitude and longitude of the earth

「経度を求める委員会」が発足、問題を解決した者に賞金を用意

1714年7月、「経度法1714(Longitude Act)」が議会を通過し「経度を求める委員会(Board of Longitude)」が発足しました。

去る1707年には、シリー諸島沖で4隻の船が自身の居場所を正確に把握できなかったために難破するという大惨事が起きていました。

An 18th-century engraving of the disaster, with HMS Association in the centre

委員会は「経度の問題」を解決した人物に賞金を贈ると告知しました。

ジョン・ハリソンが船用時計を開発

1735年、最初のおおきな一歩はジョン・ハリソンの「H1」

1735年、イングランドの時計工匠ジョン・ハリソンが、船の揺れの影響を受けない正確な船上時計の開発に成功します。これは航海中の船が正確な経度を求められるようになる最初の偉大な一歩でした。

ジョン・ハリソンは時計作りを独学し、1720年代には非常に精度の高い長枠時計-高さが2m前後の大きな振り子時計-の数々を設計していました。誤差はひと月に1秒という、当時のどの時計よりもはるかに精度の高い時計でした。

P. L. Tassaert’s half-tone print of Thomas King’s original 1767 portrait of John Harrison, located at the Science and Society Picture Library, London

ハリソンは1730年から、バロウ・アポン・ハンバー(Barrow upon Humber)で「船用時計(marine timekeeper)」の開発にとりくみました。ハリソンの兄弟ジェームスがこれを手伝ったようです。ハンバー川で時計の試験を行ったあと、ハリソンは自信をもってこれをロンドンに持ち込みました。

この時計は互いに接続されたふたつの振り子によって、船の揺れの影響を受けません。

John Harrison’s H1 chronometer. A wooden working replica

実地試験で精度を証明、賞金を受け取る

1736年5月、実地試験のためハリソンと「船用時計H1(H1)」は、ポルトガルのリスボンまで往復します。往路はセンチュリオン船(HMS Centurion、復路はオーフォード船(HMS Orford)に乗船しました。

復路にて、船がイングランドに近づくとハリソンは言いました。「士官がスタートだと思っていた岬は、スタートではなくリザードだ。」これは正しく、時計の正確さを証明することになりました。船はコースから60マイルはずれて危険な状態にあったのです。

1737年の審議の結果、ハリソンは経度法の報酬を受け取ることができました。報酬額は5,000ポンドです。そのうち2,500ポンドは、より良い時計の開発を見込んでの前払いでした。ハリソンは改良版を完成させることを約束し、開発を続けました。

より精巧な時計を目指してH2~H4

より精巧な時計をめざした2作目「H2」は、実地試験の前に致命的な欠陥が見つかりました。1740年、ハリソンは3作目「H3」に取り掛かります。実地試験の結果、さらに改良が必要なことがわかりました。ハリソンはより良い時計の開発につとめ、1759年に「H4」を完成させました。

当時を生きていた誰もが、懐中時計が正確な時を刻むとは考えていませんでしたが、「H4」の見た目は懐中時計に似ていました(!)「H4」は、1秒に5回の大きな「カチカチ音」が聞こえます。

Harrison’s “sea watch” No.1 (H4), with winding crank

1761年、委員会はハリソンの息子ウィリアムにH4の実地試験のためにジャマイカまでの航海に同行する許可を与えます。ウィリアムはH4を使って、乗組員が予想したよりも正しくマデイラ上陸の日を予測し、H4の実用性を証明しました。

委員会が発表した賞金の額

Longitude rewards によれば、委員会が発表していた主な賞は次の通りです。H1の開発でハリソンが初回に受け取った賞は第3位の半分だったようです。

  • £10,000 ≒現£1,500,000:誤差が海里 60 マイル以内 (110 km; 69 mi) 
  • £15,000 ≒現£2,200,000:誤差が海里 40 マイル以内 (74 km; 46 mi)
  • £20,000 ≒現£2,900,000:誤差が海里 30 マイル以内 (56 km; 35 mi)

Longitude rewards

現在の通貨価値に置き換えたポンドを円に換算すると、第3位で2億円強です。最終的に、第一位の£20,000(4億円強)は誰の手にも渡らなかったようです。

委員会はまた、ハリソンのH4に対して「試験が十分ではない」などと難癖をつけはじめました。これに対してハリソンの友人や支援者が雑誌や新聞にプロパガンダを展開するなど、委員会とハリソンの関係は悪化します。

しかし後続の開発者が現れたことで、むしろハリソンの時計の正確さが十分に証明され、改良を続けたジョン・ハリソンは合計にして£23,065を手にすることになりました。ハリソンのほか、主な受賞者のは次の通りです。

Longitude rewards

参考
John Harrison
John Harrison British horologist
Marine chronometer
Longitude found: the story of Harrison’s clocks

       
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