ヘンリー4世(Henry of Bolingbroke)

ヘンリー4世は、エドワード3世の三男ランカスター公爵の息子です。プランタジネット本家のリチャード2世を廃して即位しました。その治世は、各地で勃発する反乱に翻弄されます。晩年は病をわずらい、ウェストミンスター修道院で祈りをささげている最中に発作がおきて亡くなりました。 ヘンリー4世(Henry of Bolingbroke) 治世 1399年9月30日-1413年3月20日(13年172日) 継承権 […]

17世紀のイギリス(年表付き)

1603年にエリザベス1世が崩御すると、スコットランド王のジェームズ6世がイングランド王に即位してジェームス1世となり、ステュアート朝が始まります。テューダー朝イングランドのヘンリー7世はジェームズ1世(6世)にとって高祖父にあたります。 彼のイングランド王即位をもって、イングランド(ウェールズを含む)、スコットランド、アイルランドが共通の1人の王のもとで治められる初めての機会となりました。彼は当 […]

中世初期のスコットランド(5世紀~7世紀)

ローマ人がブリテン諸島から撤退してからのち数百年、現在のスコットランドに相当する地域にはおおきく4つのグループが存在しました。東にピクト人の王国、西にゲール語族の王国、南にブリトン人の王国、南東にアングル人の王国です。また広くキリスト教化されました。

ジェームス1世・6世(James I & VI)

ジェームスはスコットランド女王メアリの息子です。生後13か月でスコットランド王位を継承し、35歳のときにイングランド王位も継承しました。両国に君臨した初めての君主です。スコットランドではジェームス6世ですが、イングランドではジェームス1世として数えられます。 ジェームス1世・6世(James I & VI) 治世 スコットランド王として:1567年7月24日- 1625年3月27日(57年 […]

広義の「ピューリタン革命」 – 3つの王国の戦争(前編)

「ピューリタン革命」は、チャールズ1世による専制政治に対して起きた内戦です。イギリスではこれを「ピューリタン革命」とは呼ばず、「イングランド内戦(English Civil War)」あるいは範囲を広げて「3つの王国の戦争(Wars of the Three Kingdoms)」と呼んでいます。 3つの国とは、イングランド、スコットランド、アイルランドを指します※。1625年に即位し1649年に処 […]

アゼルスタン(Æthelstan)

アゼルスタンは、エドワード長兄王の息子で、アルフレッド大王の孫にあたります。アゼルスタンは937年の「ブルナンブルの戦い(Battle of Brunanburh)」に勝利してイングランドの領域を広げました。この戦いは、かつてないほどの血みどろの戦いとして語り継がれています。アゼルスタンは、スコット人、ケルト人、デーン人およびバイキングからなる同盟軍を打ち負かし、「全ブリテンの王」を名乗りました。

ヨーロッパのバイキング時代と後世への影響

ブリテン諸島のバイキング時代は、793年に始まったとされるのが一般的です。これは「アングロサクソン年代記」に記された「リンディスファーン修道院の襲撃」の年に基づいています。現フランスのノルマンディ(Normandy)として知られる地方は、このノースマンらが徐々に侵略し定住するようになった地域です。リューリクなる人物は東へ遠征し、859年にノヴゴロド(Novgorod / Novgorod)に王朝を建てたとされています。

リチャード2世(Richard of Bordeaux)

父であるエドワード黒太子が祖父王エドワード3世より先に亡くなっていたため、リチャード2世は10歳で即位することになりました。治世の前半は、摂政に代えて設置された評議会が補佐を務めました。 外交においては対仏戦(百年戦争)、内政においては農民一揆や、議会との確執に翻弄される治世でした。親政を開始してからは、平和と秩序を取り戻すべく尽力し一定の効果をあげます。 しかしある時を境に一変し「専制政治」を始 […]

ヘンリー3世(Henry of Winchester)

ヘンリー3世は、第一次バロン戦争の最中に、9歳でイングランド国王に即位しました。僧侶によって育てられ、敬虔なキリスト教信者となり、芸術や学術、建築に傾倒しました。ゴシック様式でウェストミンスター修道院の再建を命じたのもヘンリー3世です。聖職者や妃の影響を受けやすい意志薄弱な人物だったと評されることがあります。 治世の後半に、第二次バロン戦争が勃発し、戦に負けて捕らわれの身となりました。その間に権力 […]

ジョン(John Lackland)

ジョンは、ヘンリー2世の四男(早世を含めると五男)です。ジョンは、兄リチャード獅子心王の跡を継いでイングランド国王に即位し、フランスにある広大な領土も相続しました。 ジョンは残酷で身勝手で貪欲な国王であったとされ、物語のなかでは、私利私欲のために諸侯に重税を課した悪王として描かれることがほとんどです。実際には「兄王の遠征と身代金が原因の財政難から出発した治世で、困難がおおいなかで王権拡大を志して失 […]

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