18世紀のイギリス(年表付き)

18世紀のイギリス(年表付き)

18世紀のイギリスはいくつもの戦争に特徴づけられます。とくに対フランス戦です。同時に第一大英帝国と呼ばれるにいたる発展と衰退を経験し、19世紀をまえに第二大英帝国の基盤が築かれました。国内の社会が成長をみせ、経済的にも安定した時代でした。

前世紀の名誉革命(1688)でオランダの総督ウィリアムが国王(王配)となり、両国間に和平が訪れました。フランス対ヨーロッパ諸国が各地で戦った戦争を「9年戦争(1688–1697)」と呼びますが、これを経てイングランドは、かのオランダをしのぐ植民地支配力を得る結果となっていました。18世紀のイングランド(1707年以降はグレートブリテン王国)は、世界最大の植民地支配力を得て、目下フランスがそのライバルとなります。

1701年に「スペイン王位継承戦争」が勃発します(~1714)。結果としてフランスのルイ14世の孫フィリップの継承権が認められますが、実質的にはイギリスが領土を拡大しました。

9年戦争:ヨーロッパ各地と北アメリカ、そしてインドでも戦われた。
グレートブリテン王国:1707年合同法によりイングランド王国(ウェールズを含む)とスコットランド王国が合同し成立した王国。
スペイン王位継承戦争:カルロス2世が世継ぎなく崩御したことから始まった戦争。

扉絵:It was commissioned by the de facto first British Prime Minister, Sir Robert Walpole, in 1722, and it is a key building in the history of Palladian architecture in England. It is a Grade I listed building[3] surrounded by 1,000 acres (4.0 km2) of parkland a few miles from Sandringham House. (C)

18世紀-ハノーヴァー朝の成立

  • 1702
    • ウィリアム3世(オランダ名 Willem III van Oranje-Nassau)が死去
    • 亡き王妃メアリーの姉妹であるアンが女王になる
  • 1704
    • ブレンハイムの戦い
    • イングランド・オーストリア同盟軍総司令官のマールバラ公ジョン・チャーチルがフランス軍相手に大勝利した戦い
  • 1707
    • イングランド王国とスコットランド王国が合併
    • 5月1日、グレートブリテン島全土を統治するグレートブリテン王国が成立した
イングランドとスコットランドの旗を合わせた「グレートブリテン王国」の旗

図:The pre-1801 Union Flag (of Great Britain). Note the term “King’s Colours”. This term is used by US-based flag makers and sellers because this was one of the flags used by the King’s forces during the American Revolutionary War. (C)

  • 1714
    • ハノーヴァー朝成立
    • アン女王が跡継ぎなく死去したため、ステュアート家の血を引くプロテスタントの中で最も近縁にあたる神聖ローマ帝国の選帝侯ゲオルク(Georg)がグレートブリテンの国王のとして迎えられた
  • 1715
    • シェリフミュアの戦い
    • ステュアート朝の復活を図るジャコバイトが反乱を起こすが、シェリフミュアの戦いで敗北する
  • 1720
    • 南海泡沫事件(South Sea Bubble)
    • 投機ブームによる株価の急騰と暴落
  • 1721
    • ロバート・ウォルポールが初代首相となる
    • オーフォード伯爵ロバート・ウォルポールは南海泡沫事件の後処理を指揮、イギリスが商業国家として躍進する土台を築いた
  • 1739 盗賊リチャード・ディック・ターピンがヨークで処刑される
    • 死後に美化して描かれ、小説や演劇、近代では映画にまでなった
  • 1746
    • カロデンの戦いでチャールズ率いるジャコバイトが惨敗する
    • チャールズの祖父は名誉革命で王位を逐われたジェームズ2世、父も生後数ヶ月でイングランドを逐われていた。ローマで生まれたチャールズは父の影響もあってカトリック信仰に入っていた。このため王位奪還が難しくなっていた。ルイ15世や、ブリテンのジャコバイトの助力を得てブリテンに上陸するも、カロデンの戦いでで惨敗し、念願の王位奪還は成らず、大陸へ逃げ帰ることとなった。
カロデンの戦い(1746)

図:The Battle of Culloden, oil on canvas, David Morier, 1746. (C)

  • 1756-1763
    • 7年戦争を経てプロイセンとブリテンが力を得る
    • 7年戦争は、ハプスブルク家がオーストリア継承戦争で失ったシュレージエンをプロイセンから奪回しようとしたことに始まるが、植民地競争など周辺諸国の諸事情があいまって「ブリテン・プロイセン VS フランス・オーストリア・ロシア・スペイン・スウェーデン等」の構図となり、世界各地で戦争が相次いだ。結果、プロイセンはシュレージエン支配を確定し領土も広げ、イギリスも北米やインドのフランス植民地吸収に成功する。
1759年9月13日ケベックの戦い

図:This 1797 engraving is based on a sketch made by Hervey Smyth, General Wolfe’s aide-de-camp during the siege of Quebec. A view of the taking of Quebec, 13th September 1759. (C)

  • 1765
    • 東インド会社がベンガルを獲得
    • しかし、主力商品である茶の売り上げがアメリカ植民地で全く振るわなくなり、ベンガル大飢饉で徴税が困難になるなど、経営が苦しくなる
  • 1768-1771
    • ジェームズ・クックの航海
    • ジェームズ・クックが、ニュージーランドに上陸した最初のヨーロッパ人となる。また、オーストラリア東海岸を発見し、ボタニー湾に上陸する。
  • 1775-1783
    • アメリカ独立戦争
    • ブリテンは国家や、経営が苦しくなっていた東インド会社の財政危機を補うべく、アメリカ移住民への増税を強くいたり、東インド会社の茶をアメリカへ輸出するときの関税をなくすなどしたため、アメリカ移住民の強い反感を招いた。なお、当時のアメリカは東海岸周辺のみで、現在の広さに拡大していくのは独立後のこと。
1776年ロングアイランドの戦い(現ニューヨークのブルックリン)

図:The Battle of Long Island by Domenick D’Andrea for the state of Delaware and Maryland, 1776. Note: The Delaware Regiment at the Battle of Long Island. (C)

  • 1788
    • ジョージ3世が精神疾患を患う
    • やがて回復するが、再発もし、晩年には認知症も患った
  • 1789
    • フランス革命
    • フランス国王ルイ16世は1793年に処刑される
  • 1793
    • ブリテンが対フランス戦争に参加
    • ルイ16世の処刑が実行されると、周辺諸国は革命思想の自国への波及を恐れ、反革命の立場をとる。またナポレオンの台頭でフランスの占領地が拡大したため、フランス革命戦争~ナポレオン戦争と呼ばれる一連の戦争期間、ブリテンを中心とする対仏大同盟がたびたび結ばれた。
  • 1798
    • ナイルの海戦
    • ナイルの海戦でネルソン率いるイギリス艦隊がフランス艦隊に大勝
1798年ナイルの海戦

図:Orient explodes at the Battle of the Nile. Franklin is the ship in the extreme left of the picture, and was almost set on fire herself by falling debris. (C)

  • 1798
    • ビネガーヒルの戦い
    • アイルランドの革命家ウルフ・トーンは、プロテスタントとカトリックがともにアイルランド人として団結することを訴え、ユナイテッド・アイリッシュメンを組織して、ブリテンの支配に逆い反乱を起こすが、ビネガーヒルの戦いで敗北する。
17世紀のイギリス(年表付き)
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