z. 君主>テューダー家

テューダー朝(1485 – 1603) – Henry VII’s reign (1485-1509) – Henry VIII’s reign (1509-1547) – Edward VI’s reign (1547-1553) – Mary I and Philip ’s reign (1553-1558) – Elizabeth I (1558-1603)

エドワード6世(Edward VI)

エドワード6世は、ヘンリー8世と3番目の妃ジェーン・シーモアの息子です。9歳のとき、亡き父の跡を継いで国王となりました。政治については摂政に代わる評議会が設置されました。 エドワード6世は身体が弱く、結核であったと考えられています。15歳で世を去りました。 短い治世ではありましたが、この間にイングランドのプロテスタント化はいっそう進みました。イングランド国教会の祈祷書が書かれたのも、この時代です。 […]

エリザベス1世(The Virgin Queen)

ヘンリー8世と2番目の妃アン・ブーリンの娘として産まれたのがエリザベスです。教養に長けた賢明な女性であったとされています。国民からの人気も高く、有能なアドバイザーを選定する能力がありました。 エリザベス1世の治世は「黄金時代」「エリザベス朝時代」とも呼ばれます。海軍および冒険家のドレイク、ローリー、ホーキンスや、政治についてはセシル父子、最後には反逆罪で処刑されるエセックス伯らが活躍しました。無敵 […]

ヘンリー8世(Henry VIII)

ヘンリー8世は、イングランド国教会を設立したこと、そして6人の妃をもったことで知られています。これらは後継ぎの男児を切望したためだと云われています。 ヘンリー8世と最初の妃との間に産まれた男児は生後間もなく亡くなってしまいました。妃が出産の難しい年齢にさしかかると、ヘンリー8世は再婚を考えます。再婚するには、最初の妃との結婚を無効化する必要があり、これにはローマ教皇の承認が必要でした。しかしローマ […]

ヘンリー7世(Henry VII)

ヘンリー7世は、ウェールズのテューダー家出身の国王です。ランカスター傍系の母方を通じて、イングランド王エドワード3世の血を引いており、「ボズワースの戦い」でリチャード3世を討って王位に就きました。 ヘンリー7世の治世の始まりは、中世の終わり/近世の始まりとして位置づけられています。 婚姻を通じてイングランド内のヨーク派とランカスター派の融合を図り、ばら戦争に終止符を打ちました。両家の紋章を掛け合わ […]

メアリ1世(Mary I of England)

メアリ1世は、ヘンリー8世とアラゴン王女キャサリンの娘です。敬虔なカトリック信者で、スペイン王子(のち国王)フィリップと結婚しました。メアリ1世は、プロテスタント派の弾圧を行い、プロテスタント派の司教らを処刑し、イングランドの再カトリック化を図りました。このため、メアリ1世は「血のメアリ」という異名をもちます。 子供を授かることがなく、異母妹エリザベスに王位を継承しました。 メアリ1世(Mary […]

《 本の紹介 》

シェイクスピアの時代のイギリス生活百科 シェイクスピアが活躍した16世紀イングランドの、衣食住から法律、言葉、娯楽まで、当時の人々の暮らしを体験する旅へ出かけよう!

図説 テューダー朝の歴史 ヘンリー8世をめぐる6人の妃、ローマ・カトリック教会との確執、エリザベス女王の時代の繁栄。

ヘンリー八世 6度の結婚、ローマ・カトリック教会との断絶、忠臣の処刑などで知られる「悪名高き」国王の真実。

エリザベス一世 来襲する無敵艦隊を破り、華やかで冒険に満ちた時代を築いた処女王。その魅力的な実像と時代を鮮やかに描き出す。

エリザベス女王1世 イギリスを繁栄にみちびいたエリザベス女王は、自分の幸せよりも、国民の幸せを一番に考えました。

名画で読み解く イギリス王家12の物語 イギリス王室の三王朝、イングランド人によるテューダー家、スコットランド人によるステュアート家、ドイツ人によるハノーヴァ家とその変名の王家について、それぞれ名画にからめた歴史物語を繙いてゆきたい。

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