エドレッド(Eadred)

エドレッド(Eadred)
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エドレッド(Eadred

治世946年 – 955年 (9年182日)
継承権エドワード長兄王の息子
生没c.923 年- 955年 (32歳)
家系ウェセックス家(house of Wesex
父母Edward the Elder & Eadgifu of Kent
結婚
子供
埋葬Old Minster, Winchester(現 Winchester Cathedral 北側)

おもなできごと

エドレッドは、エドワード長兄王と三番目の妃の息子です。実兄エドマンド1世を継いで王位に就きました。

「北欧人(バイキング)の打倒」は、もはやイングランド王家の宿命ともなっていました。エドレッドは、954年、ノーザンブリアを支配していた北欧系の王エリック(Eric Bloodaxe)の追放に成功しました。

ノーザンブリアの支配者の変遷

先王エドマンドは、ノーザンブリアをバイキングの支配から奪回し、再征服しました。これを継いだエドレッドは、947年にノーザンブリア支配の強化を図ったのですが、その甲斐なくバイキングのエリックに支配権を奪われてしまっていたのです。

※エリック(Eric Bloodaxe)…931-933年ノルウェー王;947-948年ノーザンブリア王;952-954年ノーザンブリア王(再)

「エリックに従うならば、さらなる略奪を行うぞ!」
エドレッドはノーザンブリアを荒らし、ノーザンブリアの人びとにこう伝えて脅しました。この脅しは成功し、ノーザンブリア人はエリックに従うことを止めました。

しかしノーザンブリア人を脅し続けることはできませんでした。エドレッドが別件で忙しくしていた950年頃、同じく北欧系のオラフ・シトリクソンがノーザンブリア王として君臨します。こののち952年には再びエリックが同国の王位に就きました。

※オラフ・シトリクソン(Olaf Sihtricson)…941-944年ノーザンブリア王;945-947年ダブリン王;949-952年ノーザンブリア王(再)

このような経緯を経た954年、エドレッドはようやくエリックの追放に成功し、ノーザンブリアの再征服を果たしたのです。

エドレッドは胃腸に深刻な病気を抱えており、これが重症化して命を落とします。30代前半であったと考えられ、結婚はしておらず、子供もありませんでした。

地図

出典 Wikimedia Commons
北欧バイキングが支配した時代のノーザンブリア(867–954)には様々な別称がある:ヨールヴィーク王国;スカンジナビアンヨーク;デーニッシュヨーク

年表

946エドレッドの即位
954エドレッドが、ヨークのバイキング王エリックを追放
955エドレッド死去

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参考
Eadred
Kings and Queens of England & Britain
Eadred
Edred

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