C.1 政治・経済

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ウィリアム1世(William the Conqueror)

ウィリアム1世(William the Conqueror) 治世 1066.12.25 – 1087.9.9(20年259日) 継承権 エドワード証聖王からの指名(1052)エドワード証聖王の母方の親戚イングランド征服による 生没 c.1028 – 1087.9.9(59歳) 家系 ノルマンディ家(House of Normandy) 父母 Robert the Magn […]

アメリカ革命のながれ(2/2)

アメリカ革命(独立)戦争は「英領北アメリカの13植民地人」と「国王代理の総督府」の間に生じた亀裂が大きくなった結果の、”内戦”としてはじまりました。1778年にはフランス国が植民地人サイドについて参戦してきます。イギリスの内戦であったものが、国家間の対立に発展しました。1781年、バージニアのヨークタウンでイギリス軍が敗戦します。公式の終戦は1783年ですが、植民地人はここで事実上の独立を勝ち取ったようなものです。

ジャコバイト最後の蜂起「カロデンの戦い」1745-46

1745年のジャコバイト蜂起はチャールズ・エドワードがおこなった挑戦です。1869年の「名誉革命」で王位を逐われたジェームズ2世はチャールズの祖父にあたります。イギリスでは「王位継承法」が成立し、王位継承権はプロテスタント教派に限ることが法律で定められ、ハノーヴァー朝が始まっていました。1746年1月のフォルカークミュアでこそ勝利をおさめますが、4月のカロデンの戦いで完敗を喫する結果となりました。

ノルマンコンクエスト:ヘイスティングスの戦い

1066年、ノルマンディ公爵ウィリアムが、イングランドに侵攻し国王ハロルドを破りました。ウィリアムはイングランド王として戴冠し、ノルマン人によって国土が審査され再配布され貴族層が入れ替わるという前代未聞の征服となりました。

ピューリタン革命 – 3つの王国の戦争(前編)

「ピューリタン革命」は、チャールズ1世による専制政治に対して起きた内戦です。イギリスではこれを「ピューリタン革命」とは呼ばず、「イングランド内戦(English Civil War)」あるいは範囲を広げて「3つの王国の戦争(Wars of the Three Kingdoms)」と呼んでいます。 3つの国とは、イングランド、スコットランド、アイルランドを指します※。1625年に即位し1649年に処 […]

18世紀のイギリス(年表式)

18世紀のイギリスはいくつもの戦争に特徴づけられます。とくに対フランス戦です。同時に第一大英帝国と呼ばれるにいたる発展と衰退を経験し、19世紀をまえに第二大英帝国の基盤が築かれました。国内の社会が成長をみせ、経済的にも安定した時代でした。 扉絵:It was commissioned by the de facto first British Prime Minister, Sir Robert […]

スティーブン(Stephen of Blois)

先王ヘンリー1世は、娘のマチルダを王位継承者に指名していましたが、甥のスティーブンはこれに従わず、マチルダに先んじて自らが戴冠しました。 スティーブンとマチルダは従兄妹同士にあたり、両者の祖父はウィリアム征服王( William the Conqueror )です。スティーブンは母方からこの血を継いでいます。 1139年にマチルダがイングランドに上陸し、王位を争いました。どちらの勝利ともつかない状 […]

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《 本の紹介 》

イギリス近世・近代史と議会制統治 15世紀末から19世紀前半の英国議会の動きを専門家が多角的に分析

ハンドブックヨーロッパ外交史:ウェストファリアからブレグジットまで いち早く産業革命に成功して世界中を支配し、今日も世界政治を左右するヨーロッパ諸国は、いかなる外交を展開してきたのか。

イギリスの歴史 ブリタニアの創成(太古~古代)から現在のブレグジットの道まで、全12章構成の、斯界の第一人者によるイギリス通史入門編。イギリスの成り立ちから大英帝国、EU脱退まですべて解明。

イギリス革命と変容する〈宗教〉: 異端論争の政治文化史 王権、議会、教会、そして知識人から民衆まで、相互に織りなす目まぐるしい政治変動は、当事者たちの意図を超えて〈宗教〉概念そのものの文化的前提を根本から揺るがし、人々の生活と心性を変容させていく。

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