ノルマン人による征服をうけたイングランドには、その結果として数多くの「城 / 要塞」が建てられました。
その約8割がモット・アンド・ベイリー(motte-and-bailey)と呼ばれるスタイルの城です。モット・アンド・ベイリー型の城は、北欧を除く11世紀のヨーロッパでもっとも一般的だった城の形態です。
イングランドで最初の「城」はウィリアム征服王によって、戦略的に優れた場所を選んで各地に築かれました。
モット・アンド・ベイリー型の城とは
動画
イラストやCGを交えて、モット・アンド・ベイリー型の城を解説してくれている動画です。画像が豊富でわかりやすいです。
用語解説
モット(motte)
モットとは、頂上を平らにした円すい型の盛り土(丘)のことです。高さは3m~30mで、人工的につくられたものが多いですが、自然地形を利用したものもありました。先端を尖らせた木製の杭を並べた柵(palisade)で、頂上の敷地を囲いました。
塔 / タワー / キープ (tower / keep)
塔(キープ)は、モットの頂上に建てられた建物のことです。
ベイリー / 城壁(bailey)
ベイリー(城壁)とは、モットのように土を盛って土塁を築き、おなじく柵(palisade)で取り囲んだ敷地です。モットよりも高さは低く面積は広いのが特徴です。この敷地に家屋や家畜小屋、礼拝堂(chapel)など、生活にかかる建物が建てられました。いわゆる「町」にあたる部分です。
ベイリーはたいていモットの傍に築かれました。しかしベイリーの敷地の中にモットが築かれるケースもありました。
堀(ditch / moat)
モットとベイリーの周囲には溝がめぐらされました。この溝を水で満たして堀にすることもありました。モットとベイリーを 溝 / 堀 で隔てるパターンもよく見られます。これは、仮にベイリーが外部からの攻撃に耐えられなかったときでも、モットが単独で持ちこたえられるよう設計したものです。
橋と城門(bridge and gate)
外部からの訪問者は、溝または堀に架けられた橋を渡って城門に至ります。城門には守衛詰所が設けられていました。城門を抜けるとベイリー(町)があり、ベイリーを経由してのみモットへ到達が可能でした。
その他のタイプの城
ノルマン人がイングランドに建てた城はモット・アンド・ベイリー型が主流でした。しかし必ずしもすべてがモット・アンド・ベイリー型だったわけではありません。サイズ、構造、建材、立地などは多岐にわたります。
サイズ
ほとんどの城は大きく、防衛と生活施設の集合体でした。しかし、なかには小さく単純な構造の城もありました。低いモットの上に単純な木造建築があるのみで、ベイリーをもたないものもありました。
構造
モット・アンド・ベイリー型ではない城の代表としてエクセター城(Exeter castle)が挙げられます。この城はモットをもたず、ベイリーだけです。ローマ時代に建設された城壁を利用してアングロサクソン人が要塞町を建設し、これを攻略したノルマン人が町の中に塔を建てました。
このような都市型の城では、既存の家屋を解体して主要建築物を建てるためのスペースを確保することがよくありました。リンカーン(Lincoln)では166の家屋が破壊され、ノリッジ(Norwich)では113,ケンブリッジ(Cambridge)で27の家屋が、この目的のために破壊されたことが記録されています。
建材
初期のノルマン人の城はほぼ、土塁のうえに築かれる建物が 木造 でした。木造建築は完成がはやく、熟練工を必要としないメリットがあります。まずは素早く城を建て、折を見ながら徐々に石材へと置き換えられてゆきました。
1070年にウィリアムが命じたヘイスティングス城(Hastings castle)などはこの例です。
ノルマン人が初期に建てた城は木造のため、朽ちやすく燃えやすいという弱点があります。これらの弱点を補うにはキープ※に石を用いることが効果的です。しかし常に使える技術ではありませんでした。石は重たく、モットのなかに沈んでしまう可能性があるからです。
立地
自然地形を防衛に利用した例もあります。ヨークシャーのリッチモンド城(Richmond castle)は、ひとつの面がスウェイル川(River Swale)に続く急落になっています。アングロサクソン時代の構造を再利用しました。ペヴェンシー城(Pevensey castle)もアングロサクソン時代の要塞を再利用した城です。
リッチモンド城(RICHMOND CASTLE)
一般公開されており、訪問できます。
公式サイト:RICHMOND CASTLE
開城時間と料金:PRICES AND OPENING TIMES FOR PEVENSEY CASTLE
行き方:DIRECTIONS
ペヴェンシー城(Pevensey castle)
一般公開されており、訪問できます。
公式サイト:PEVENSEY CASTLE
開城時間と料金:PRICES AND OPENING TIMES FOR RICHMOND CASTLE
場所:DIRECTIONS
ノルマン人が城を建てた理由
ノルマンコンクエストの初期段階において、城は不可欠な要素でした。防衛機能もさることながら、軍事に優れていることを見せつけることによって、アングロサクソン人を押さえ込むのに役立ちました。
城の目的
城はアングロサクソン人の攻撃から身を守るための防衛施設としてだけでなく、攻撃を繰り出す拠点としての役割もありました。城の周辺地域を攻撃することで、支配域を拡大することができます。
くわえて、戦略的な立地(主要な町や、道路、河川沿い)に城を建設することによって、次のような効果がありました。
- 征服した領土が分断されるのを防ぐ
- 反乱を目論むアングロサクソン人の自由な移動を阻む
- 城のネットワークができ、問題が生じた地域にすばやく軍を派遣し駐屯させられる
11世紀末~12世紀の築城
第2回および第3回の城建築ブームは11世紀末に訪れます。国王以下の貴族、つづいて騎士身分の人びとが新たな城を建てました。地方によって異なる特徴も見られるようになります。城はイングランド西部に多く、東部には少なめです。これは、モット※の建設に動員できる農奴身分が不足していたことが理由かもしれない、と言われています。
イングランドとウェールズを合わせて741のモット・アンド・ベイリー型の城が、ノルマン人によって築かれました。
12世紀を迎えても、モット・アンド・ベイリー型の城はイングランドとウェールズ、アイルランドで一般的でした。同じころ、ヨーロッパの主要地域の城は一歩先んじて洗練されていました。
城とバー(burhs)の違い
ノルマン人が築いた城は、アングロサクソン人が築いたバー(burhs)とは異なります。バーは防衛だけが目的でした。しかしノルマン人の城には、征服した土地の人びとを威嚇する目的もありました。力の差を見せつけて圧倒したのです。
ノルマン人による征服を受けるまでイングランドにはこのような城がありませんでした。このためアングロサクソン人は城の攻略の経験がほとんどありませんでした。ノルマン人の攻撃に耐えられる要塞も多くはありませんでした。アングロサクソン人はノルマン人に、軍事的な優位性を見せつけられたのです。
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城の影響
経済的な需要が生まれる
ウィリアムの国王としての確固たる地位が確立したあとも、各地に築かれた城は重要な役割を果たしました。城は居住地として、また地方政治の拠点として、そして経済的な中心地としても、社会に影響をあたえました。
居住地として
城主あるいは城代(castellan)は、家臣と共に城に暮らしました。軍兵が常駐したり、駐屯することもありました。
地方政治の拠点として
城や周囲の維持管理は城主 / 城代の役目でした。この結果として、城は地方政治の中心地となります。 城は、管轄地から徴収した税が集まる場所であり、法と秩序の順守を促し裁く場所でもありました。
地域経済の中心地として
常備軍や駐屯兵によって物やサービスなどの需要が生まれます。こうして、主な城のまわりには人口が集まり、経済の中心地となりました。交易や売買を安全に行うことができるので商人にとって魅力でした。
ノルマン人の権力の象徴が不快感をもたらす
ノルマン人の城はたいてい高台(モット / 丘)の上にあり、周囲からよく見えました。多くのアングロサクソン人は、ノルマン人の城を目にするか、そこに関わる機会がありました。
城はノルマン人がイングランドを征服するために講じた手段のなかでもとくに重要な要素です。城はノルマン人による征服と弾圧の証であり、その象徴として人々の目に映りました。これに侮辱を感じ腹立たしく思うアングロサクソン人は多くいました。
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参考
Motte-and-bailey_castle
Castles in Norman England
Types of Castle and The History of Castles Motte & Bailey Castles
Norman_yoke