摂政(リージェンシー)時代のイギリスでは、おもな交通手段は馬車でした。このページでは18世紀末~19世紀初頭に使われていた馬車を列挙します。
概要
大衆用の駅馬車から、エレガントなタウンコーチやバルーシュ、そしてスポーティなカリクル、軽量でほろなしのフェートンなど、馬車には様々の種類があります。
様式やデザインも様々です。内部にベルベットやシルク、レザーをほどこして贅沢で上品に仕上げられている馬車もあれば、輸送だけを目的にしたシンプルな馬車もあります。
長距離をはしる馬車は、馬は途中でつなぎかえが必要です。ステージステーション(stage stations)で、元気な馬(十分に休養した馬)と交換しました。
Town coach, Town Chariot
タウンコーチ、タウンチャリオット
上流階級のために造られる馬車は細めで、ボディの中は4人掛けです。ボディの外側には、正面の高い位置に御者用のシートがあり、後方には従僕( Footman )用のランブルシートが備わっています。
タウンコーチや、タウンチャリオットなどもこのタイプです。ドアを紋章や家紋で飾ったり、ボディや御者席にフットマンの衣装と合わせた色どりのハンマークロス( hammer cloth )をあしらうなどの装飾が施されました。
Post-chaise
ポストチェイス(駅伝馬車)
ポストチェイスはもっともよく利用される長距離の交通手段でした。馬車のかたちはタウンチャリオットに似ていますが、御者席はありません。代わりに1人~複数人の騎乗御者( Postilion )によって操縦されます。騎乗御者とは馬車をひく馬に乗っている人です。
ポストチェイスは黄色く塗装されたので「Yellow Bounders」とも呼ばれます。
Barouche
バルーシュ
バルーシュは街馬車のなかで、もっともエレガントな馬車のひとつです。2人掛けの屋根のないオープンなボディが、2頭~6頭(偶数)の馬によってひかれます。市内の移動に適した馬車で、暖かい季節に使われました。
御者席はボディの前方の高い位置に配され、フットマンもここに座ります。ボディの後方にはジャバラ状の覆いが備えられています。これを広げるとボディの半分を覆うことができ、天候が悪い時にはあるていどの雨風をしのぐことができました。
Phaeton
フェートン
摂政(リージェンシー)時代のもっともポピュラーな街馬車のひとつがフェートンです。フェートンという名はギリシャ神話に由来し「輝くもの」を意味するそうです。
フェートンは2人掛けの4輪馬車です。さまざまなデザインのものが街を行き交いました。座席の位置が高くなったデザインがスタイリッシュでした。たいていは2頭の馬にひかせました。御者はつれず、男女を問わず所有者自らが操縦するのが一般的でした。馬の世話係( groom )を伴うことはしばしばありました。
王太子ジョージ( George IV )は、フェートンの優れた操縦者でした。4頭ならず、6頭の馬にひかせた高座席のフェートンを操縦したそうです。
Carriages of Britain
Phaeton (carriage)
Gig
ギグ
2輪馬車を総称してギグと呼ぶようです。おもに、ひとり用の座席と御者席を施した馬車で1頭の馬にひかせるものを指すことが多いようです。しかし、ほかに次のような馬車も含むようで、それぞれ、すこしずつ特徴が異なります。
Tilbury gig
ティルベリー ギグ
軽量の2輪馬車で、こちらは2人掛けです。乗車席に屋根や覆いはなくオープンなデザインのため、天候の良いとき、そして短距離の移動に使われました。おもにジェントリ階級の人々のあいだでポピュラーでした。
Curricle
カリクル
摂政(リージェンシー)時代のもっとも典型的な2人掛けの2輪馬車がカリクルです。こちらは2頭の馬にひかせます。カリクルバーという棒をつかって、2頭の高さと足並みをそろえます。
ボディには悪天候のときに使えるジャバラ状の覆いが備えられています。後方には馬の世話係のためのスペースがありますが、ここに荷物が積まれているシーンも見かけます。長距離移動にも使える馬車です。
この馬車はスピードを好むスポーツ志向の男性に好まれたそうです。カリクルという名称はローマ時代のレース用チャリオット「curriculum」に由来するそうです。
Gig (carriage)
Curricle
Carriages of Britain
Stagecoach, Mailcoach
駅馬車(乗合馬車)
長距離を走る乗合馬車です。stage stations 等で馬を交換して進み続けます。時刻表にしたがって運行されました。
箱状のボディを4頭の馬がひきます。人と荷物の両方を運べるよう設計されています。メイルコーチはステージコーチの一種です。
頑丈な箱状のボディの中は4~6人掛けのシートになっています。ボディの外は、後方に人が乗車できるスペースが設けられ、御者席の下には荷物をおくスペースが設けられています。ボディの屋根上にも、人と荷物が載ることができました。ボディの外には8人~12人が乗車できました。満載にしてその重さは3トンを超えたそうです。
ステージステーションは、リレーステーション(relay station)、ポスト(Post)、ポスティングステーション(posting station)などとも呼ばれます。また、ステージコーチ(運輸送)業や、ステージコーチで旅することを、ステージング(staging)と言いました。
ステージコーチの利用は、快適とは言いがたいものだったようです。途中の宿では、他人とベッドを共有しなくてはならないこともよくありました。宿(Coaching inn)の従業員もまた、見知らぬ旅人とベッドを共有しなくてはなりませんでした。
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以上です。おもに参考にしたのは『Georgette Heyer’s Regency World』です。20世紀の作家 Georgette Heyer が詳細に調べて何冊もの小説に細かく描写した摂政時代の習慣・風習・流行・生活など…を抽出して凝縮した1冊です。
参考
Georgette Heyer’s Regency World
Types of horse-drawn carriages