ジョージ3世(George William Frederick)
       

ジョージ3世はジョージ2世の孫にあたります。父フレデリックが祖父より先に亡くなっていたため、祖父ジョージ2世が亡くなると王位を継承しました。ジョージ3世は、アン女王以来の、イギリス生まれの国王です。

ジョージ3世の治世は、優雅な文化が花開いた時代であると同時に、国際的な軍事紛争に特徴づけられる時代でもありました。

作家ジェーン・オースティンやシェリー、詩人バイロン、ジョン・キーツ、ウィリアム・ワーズワースなどが作品を残しました。またピットやフォックスなど偉大な政治家が現れた時代であり、ウェリントン公爵やネルソン提督の軍事的活躍でも知られる時代です

Jane AustenMary ShelleyLord ByronJohn KeatsWordsworthDuke of WellingtonHoratio Nelson

国際情勢としては、七年戦争、アメリカ独立戦争、フランス革命戦争、ナポレオン戦争が相次ぎました。

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ジョージ3世(George William Frederick)

治世1760年10月25日-1820年1月29日(59年97日)
継承権ジョージ2世の孫
生没1738年5月24日:Norfolk House
1820年1月29日(81歳):Windsor Castle
家系ハノーヴァー(Hanover
父母Prince Frederick & Augusta of Saxe-Gotha
結婚Charlotte of Mecklenburg-Strelitz(1761年)
子供ジョージ4世(George IV
Prince Frederick, Duke of York and Albany
William IV, King of the United Kingdom
Charlotte, Queen of Württemberg
Prince Edward, Duke of Kent and Strathearn
Princess Augusta Sophia
Elizabeth, Landgravine of Hesse-Homburg
Ernest Augustus, King of Hanover
Prince Augustus Frederick, Duke of Sussex
Prince Adolphus, Duke of Cambridge
Princess Mary, Duchess of Gloucester and Edinburgh
Princess Sophia
Prince Octavius
Prince Alfred
Princess Amelia
埋葬St George’s Chapel, Windsor Castle
ジョージ3世

年表

1760ジョージ3世が王位を継承
1762第3代ビュート伯ジョン・ステュアートが首相になる: 不人気であったためボディガードが必要になった( Earl of Bute
1763パリ条約:七年戦争の終結( Peace of ParisSeven Years’ War
17651765年印紙法:植民地アメリカで増税( Stamp Act
1766ウィリアム・大ピットが首相になる:( William Pitt the Elder
1768アークライトがる水力紡績機を発明:( Richard Arkwright
1769ジェームス・クックの最初の冒険:太平洋を探検( Captain James Cook’s first voyage
1770第2代ギルフォード伯爵フレデリック・ノースが首相になる:( Frederick North, Lord North
ジェームス・クックがオーストラリア上陸:( Botany Bay
1771ブリタニカ大百科事典の発行:( Encyclopaedia Britannica
1772ジョン・ハリソンがH4時計を発明:経度の測定が可能になり、航海技術が向上( John Harrisons
ウォーレン・ヘースティングズがインド総督に任命される:( Warren Hastings
1773セヴァーン川に世界初の鉄橋がかけられる:( The iron bridge
ボストン茶会事件:英国政府の課税に対する、アメリカ植民地人の抵抗( Boston Tea Party
1775アメリカ独立戦争はじまる:レキシントンの戦いを皮切りに勃発( American Revolutionary War
1775ジェームス・ワットがスチームエンジンを発明:( James Watt
17767月4日アメリカ独立宣言発布:大陸会議が独立を宣言( Continental CongressUnited States Declaration of Independence
1780ゴードン暴動:カトリック緩和政策に対する反カトリックによる暴動( Gordon riots
1781ヨークタウンの戦い:フランスの援助を得たアメリカ植民地軍に、イギリス軍が敗退( Battle of Yorktown
1782アイルランド議会:アイルランドの独立性を高めるものだったが、短命に終わる( Constitution of 1782
17839月3日パリ条約:アメリカ独立戦争の終結( Treaty of Paris
ウィリアム・小ピッドが首相になる:~1801( William Pitt the Younger
作詞家ラビー・バーンズが最初の詩を発行:( Robert Burns
1788ジョージ3世ポルフィリン症を1回目の発症:( Signs of illness
オーストラリアに植民地ニューサウスウェールズを建設:( Colony of New South Wales
1789フランス革命ぼっ発:( French Revolution
『Life of Johnson』と『Rights of Man』が出版:( James BoswellThomas Paine
1793フランス国王ルイ16世の処刑:( King Louis XVI of France
英仏戦争:~1802( French Revolutionary Wars
1798ナイルの海戦:ネルソン少将がフランス艦隊を撃破( Battle of the Nile
『Lyrical Ballads』が出版:( William Wordsworth
所得税の導入:( Income Tax )
1800アイルランドの併合:( Act of Union
1803ナポレオン戦争はじまる:( Napoleonic Wars
1805トラファルガーの海戦:ネルソン提督がフランス・スペイン艦隊に勝利と同時に落命( Battle of Trafalgar
アウステルリッツの戦い:ナポレオンがロシアに勝利( Battle of Austerlitz
1807奴隷貿易法:ウィリアム・ウィルバーフォースが奴隷貿易廃止運動を成功させる( Slave Trade ActWilliam Wilberforce
1808イベリア半島戦争:~1814年。スペインからフランス軍を駆逐( Peninsular War
1809コルーニャの戦い:イギリス陸軍がフランス軍に勝利( Battle of Corunna
1810ジョージ3世、最後の疾患:1811年から息子ジョージが摂政をつとめる
1812首相スペンサー・パーシヴァルが殺害される:( Spencer Perceval
米英戦争:イギリス植民地カナダとアメリカの戦争( War of 1812
1813『Pride and Prejudice』の出版:( Jane Austen
東インド会社の独占権が終了:( Charter Act of 1813
1814ローアンとトゥールーズでナポレオンが敗北:退位するがエルバ島からもどる( Campaign in north-east France
1815ウォータールーの戦い:ナポレオンの敗北とナポレオン戦争の終結( Battle of Waterloo
穀物法:安価な輸入品からイギリスの農業を守る目的で設けられた法律( Corn Laws
1818シャーロット王妃が亡くなる:( Queen Charlotte
『 Frankenstein 』の出版:( Mary Shelley
1819ピータールーの虐殺:政治に変革を求める市民が虐殺された事件( Peterloo Massacre
1820ジョージ3世が崩御
ジョージ3世の治世の年表

おもなできごと

軍事紛争に特徴づけられる治世

59年を超えるジョージ3世の治世は、これまでのどの国王をも上回る長さになりました。

ジョージ3世の治世は、イギリスがヨーロッパ諸国や遠くアフリカ、アメリカ、アジアでの軍事紛争に関わったことに特徴づけられます。

七年戦争

治世の初期は、7年戦争( Seven Years’ War )です。この戦争を経て、イギリスはヨーロッパおよび北アメリカ、そしてインドで、覇権を握りました。

七年戦争

七年戦争は、イギリス、フランス、スペイン、プロシア、オーストリアなどを筆頭に欧州の国々の間でおこった国際紛争です。

ヨーロッパ大陸における戦争の主な原因は、先の「オーストリア継承戦争( 1756–1763 / War of the Austrian Succession )」に付随する未解決の領土問題です。オーストリアはプロシアに奪われたシレジア( Silesia )の返還を求めました(第3次シレジア戦争)。プロシアはドイツにおけるいっそうの領土と覇権の拡大に余念がありませんでした。

プロシアはイギリスと結び、オーストリアはフランスおよびロシアと結びました。

イギリス、フランス、スペインはヨーロッパ大陸のみならず、新世界の植民地でも争いを繰り広げました。北アメリカや西インド諸島(カリブ海域)の植民地争いでイギリスは、フランスおよびスペインと戦いました(英仏植民地戦争)。

結果はイギリスおよびプロシアの勝利です。いくつかの条約がむすばれ、プロシアの覇権と地位が向上し、イギリスは植民地帝国として繁栄を迎えました。

※条約…Treaty of Saint Petersburg (1762) Treaty of Hamburg (1762) Treaty of Paris (1763) Treaty of Hubertusburg (1763)

ただし、この戦争によって王政各国の財政はひっ迫します。これが影響し、まもなくイギリスでは「アメリカ独立戦争」が起き、フランスでは「フランス革命」が起こります。

Seven Years’ War

アメリカ革命 / アメリカ独立戦争

七年戦争に勝利したイギリスは植民地帝国として繁栄しましたが、財政はひっ迫しました。植民地への課税を強化することで収入を確保しようとするイギリス政府でしたが、さまざまの法案を「植民地人の代表がいない議会」で決定したため、植民地人の反感を買います。

イギリスの植民地アメリカではまもなく、イギリス政府に対する反乱が起こり、これが革命・独立戦争( American War of Independence )へと発展しました。

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YouTube【世界史】 アメリカ独立革命1 13植民地の苦悩 (17分)

フランス革命戦争とナポレオン戦争

フランスでは「フランス革命」がぼっ発しました。フランス国王を処刑した革命軍およびナポレオンとの戦いが、合わせて1793年~1815年まで続きました。1815年の「ウォータールーの戦い( Battle of Waterloo )」でナポレオンは敗退します。

ウォータールー / ワーテルローの戦い

「ウォータールーの戦い」は、1815年6月18日(日)に、ベルギーで行われた戦いです。ナポレオン率いるフランス軍が、2つの第七次対仏同盟軍に破れました。

※ベルギー…当時は現オランダを含む「ネーデルラント連合王国( United Kingdom of the Netherlands )」

2つの第七次対仏同盟軍のひとつは、イギリスのウェリントン公爵( Duke of Wellington )が率いた同盟軍です。イギリス軍、オランダ軍、ハノーヴァー軍、ブランズウィック軍、ナッサウ軍で構成されていました。ウェリントン軍とも呼ばれます。

もういっぽうは、より大きなプロシア軍で、これを率いたのはフォン・ブリューヒャー陸軍元帥( von Blücher )です。ブリューヒャー軍とも呼ばれます。

この戦いによって、1803年からつづいた一連のナポレオン戦争に終止符が打たれました。

Battle of Waterloo

奴隷制度の廃止

1807年に「奴隷貿易」を禁止する法案が議会を通過しました。

奴隷貿易廃止法案

イギリス議会による1807年の奴隷貿易廃止法案は、イギリス帝国における奴隷貿易を廃止する法案です。奴隷を使役する慣習そのものの廃止には至らなかったものの、世界の奴隷廃止に先駆けた法案のひとつです。

奴隷の廃止は以前から叫ばれており、古くは1772年に、イギリス本土の奴隷の扱いを改める法案( Somerset’s case )※が通過していました。以来、奴隷に関する法案が何度か改められますが、イギリス帝国の各地域にまでおよんで奴隷制度が廃止されるのは、少し先の1833年( Slavery Abolition Act )です。

Slave Trade Act

原因不明の精神疾患

ジョージ3世は50歳頃から精神疾患を繰り返すようになり、最後の10年は回復することがありませんでした。双極性障害または血液疾患ポルフィリン症と云われていますが、実際のところは不明のままです。

最後の10年は、長男である王太子ジョージ(のちの4世 / George IV)が摂政をつとめました( Regency era )。

地図

世界初の鉄橋


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参考文献

A Brief History of British Kings & Queens
Robinson; UK ed.版 (2014/3/27)
Kings and Queens of England & Britain
by Ben Johnson | Historic UK Ltd. Company
George III
Wikipedia | edited on 1 August 2022, at 04:51 (UTC)
George III king of Great Britain
By John Steven Watson | Updated: May 31, 2022
King George III (1760 – 1820)
Britroyals | British Royal Family History

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