B.7 18世紀

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リージェンシー・ファッション(摂政時代の装い)

18世紀末~19世紀初頭 フランス貴族をイメージさせる装いを避ける 18世紀末から19世紀初頭のヨーロッパおよび関連する国々のファッションは、18世紀初頭の重厚なコスチュームから解放されて、かろやかな装いが流行しました。というのもフランス革命のあおりで、フランス貴族のようないでたちで出歩くことを好む人がいなくなったからです。また、かつての衣装は社会的地位に左右されるものでしたが、19世紀を迎えるこ […]

ジョージ4世(George Augustus Frederick)

「ヨーロッパいちの紳士( First Gentleman of Europe )」としても知られるジョージ4世は、芸術や建築の良き保護者でした。しかし、私生活は奔放で、めちゃくちゃでした。 1785年、王太子だったジョージは、ある未亡人女性( Maria Fitzherbert )と秘密裏に結婚しました。しかし夫人がカトリック教徒であったことなどから、この結婚は無効とされました。1795年にキャロ […]

アメリカ革命のながれ(2/2)

アメリカ革命(独立)戦争は「英領北アメリカの13植民地人」と「国王代理の総督府」の間に生じた亀裂が大きくなった結果の、”内戦”としてはじまりました。1778年にはフランス国が植民地人サイドについて参戦してきます。イギリスの内戦であったものが、国家間の対立に発展しました。1781年、バージニアのヨークタウンでイギリス軍が敗戦します。公式の終戦は1783年ですが、植民地人はここで事実上の独立を勝ち取ったようなものです。

18世紀~19世紀初頭の建築家&造園家 – パッラーディオ様式と自然な美しい景観

18世紀~19世紀初頭、上流階級の富める人びとは豪華なカントリーハウスを所有し、そこに住んだり、季節ごとに滞在したりしました。所有する豪邸とまわり景観を美しく仕上げることに時間とお金を費やし、邸宅までのアプローチと窓からの眺めをより印象的なものにしようと躍起になりました。

リージェンシー・ファッション-女性編-

18世紀末から19世紀初頭にかけて流行したスタイルを「エンパイアスタイル」などと呼びます。胸のすぐ下で絞ってバストを支え、スカートをながすスタイルです。ドレスのなかに下着(undergarments)、外にはガウン(gowns)や上着(outerwear)を重ね着しました。上着は、スペンサー(spencer)やペリーズ(pelisse)が人気でした。動画では、下着からコルセット、ドレス、ガウン、アウターまで、エンパイアドレスを実際に着る様子を、解説付きで見ることができます。

ジャコバイト最後の蜂起「カロデンの戦い」1745-46

1745年のジャコバイト蜂起はチャールズ・エドワードがおこなった挑戦です。1869年の「名誉革命」で王位を逐われたジェームズ2世はチャールズの祖父にあたります。イギリスでは「王位継承法」が成立し、王位継承権はプロテスタント教派に限ることが法律で定められ、ハノーヴァー朝が始まっていました。1746年1月のフォルカークミュアでこそ勝利をおさめますが、4月のカロデンの戦いで完敗を喫する結果となりました。

地主階級(ジェントリ / Gentry)の身分と職業

爵位があれば貴族ですが、爵位がなければ地主階級です。地主階級(ジェントリ / Gentry)とは貴族の下に属する階級です。上流階層(支配者層)の最下位に位置します。地主階級に属する人々を細分すると上から、バロネット(準男爵)・ナイト(騎士)・エスクワイヤ(郷士)・ジェントルマン(紳士)に分けることができます。

航海中の船、経度を知るには?ジョン・ハリソンが船用時計を開発

経度は、出発地(Greenwich)と現在地の時刻を比較して求めることができます。現在地の時刻は天体観測から知ることができました。しかし出発地の時刻を知るには、出発地で合わせた時計を止めることなく正確に動かし続けて携帯する必要があります。これが問題でした。振り子時計は、船上では揺れの影響を受けてしまい、正確に動くことができませんでした。ですから、船の上でも正確に時を刻む精巧な時計の開発が求められたのです。

アメリカ独立への序章「砂糖法」

1764年4月5日、「砂糖法案」がイギリスの議会を通過しました。当時、フランス領およびオランダ領の西インド諸島(カリブ海)から北米のイギリス領へ、砂糖と糖蜜の密輸貿易が行われていました。これを終わらせるために設けられたのが「砂糖法(Sugar Act)」です。イギリス政府は収入源の確保も必要でした。フレンチ・インディアン戦争の戦費をまかなうたため借金(公債)が嵩んでいたのです。アメリカの植民地人にとって不快だったのは、商船の取り締まりの厳しさでした。

イングランドのカントリーハウス(2)建築様式の混合

長い歴史をもつカントリーハウスのなかには、ファサードやウィングに時代ごとの建築様式が混在しているものがあります。 時の有名建築家を雇える人は限られていましたので、おおくのカントリーハウスは、おもに地元の建築家によって改築されました。そのテイストは実用的で、時代の流行にも左右されました。

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